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第13話 再会
――きっと生きては帰れない。
バーンハードと別れを交わして、いちはフート島に上陸した。特別に作ってもらった遮光マントで全身を覆い、支援物資を抱えられるだけ抱えて、日の下へ走り出したのだ。
日陰を通っても、布越しにじりじりと太陽の熱を感じた。すぐに酷い疲労が襲い、ロクに進めない。それでもいちは日没を待たなかった。
旧街道を守る第三中隊へ向かって走り続けた。
仲間の臭いがし始めてから大分経つ。もうすぐその部隊が見えてくる頃だった。日も傾いてきて、いちは一息つきながらフードを外した。こんなことをして、自殺行為だと自嘲する。
海岸から、ずっと走って来た。心臓が痛い。頭も。目はヒリヒリして、全身が火傷したようだった。
「……ふう」
それでもいちはなんとも思わなかった。予想していたことだ。今更怖いなどと言うつもりもない。日が落ちたら動きやすくもなる。あと少し。と呟いていちは歩き出した。
アラタはミコトの代わりに第三中隊へ戻り、指揮を取っていた。部隊は増援を受け、後退しつつも未だ戦う気力を失わずにいた。
「弾は?」
「まだあります」
「しかし心許ないな……」
「ウチはまだマシな方ですよ」
夜が明けるまで動けない。それでもアラタは妙に落ち着いた心境だった。もはや諦めているからかもしれない。あとは最後にどれだけ足搔けるかだ。
「隊長!!」
そこに駆けてきた兵が、ただならぬ様子でアラタを呼んだ。何事かと振り返ったアラタは思い切り腹に衝撃を受けて倒れこむ。
「なっ、うわ!?」
慌てて目を開けて体を起こして、自分の腹に乗っかっているいちに気付き、反応するまでにたっぷり10秒はかかった。
「……いち?」
「ユ国陸軍特別輜重第三部隊、改め第十三大隊第三中隊ヤモクのいち、支援物資を運んでまいりました」
アラタの上に跨ったまま敬礼していちはそう捲し立てると、重い鞄をその顔の上に落とした。
「ぶわっ、いてえ!おい、こら!」
すると疲れが出たのか、緊張が解けたのか、いちはそのまま倒れこんで眠りについた。
「おい、いち?寝たのか?」
オロオロする部下に苦笑していちを抱えたままアラタは立ち上がった。
「いろいろ問いただしたいが……とりあえず休ませてやれ」
「はっ」
ヤケに重い鞄と熟睡しているいちを部下に任せてアラタは少し部隊から離れた。月明かりを頼りにしばらく歩く。
「……ハルドの野郎」
バーンハードの苦笑いが脳裏に浮かぶようだった。
――あいつ、今度こそ絶交だ。
いつだってそうだ。バーンハードは、アラタでさえ気付いていない本当の望みを叶えてくれる。そうして気付かされるのだ。ああ、俺は結局自分が1番なのだと。
いちを実家に送りたかったのは本心だ。しかしこうして目の前に現れた姿を目にして思ったことは「帰って来てくれたのか」という言葉だった。
足音がして闇に振り向いた。
「……怒ってないから来い」
適当に手を伸ばすとその指はいちの髪に触れた。いつの間にか月は雲に隠れ、辺りは完全な闇に包まれていた。
「うん」
小さな返事が静寂に飲み込まれるようにして消える。アラタはキラリと光ったいちの瞳を見つめた。
「少し歩くか」
いちが頷いたのを感じ取ってアラタは目を閉じた。道はいちが示してくれる。
「……十時の方向にまっすぐ進んで。障害物は何も無いから」
目を閉じているのに全く恐れず、アラタは平然と歩き出した。いちが指示を出す以外に会話はなく、2人はただ静かに宛てもなく歩いた。
しばらくそうしたあと、アラタが唐突に口を開いた。
「お前も困ったやつだな」
「こっちの台詞だ、自分勝手な野郎め」
間髪入れずにいちが答える。
「でも結局お互いのしたいようにしてこうなってるんだから良いだろう」
笑ったアラタにいちも微笑んだ。
「なんか、幸せだ」
「言うねえ」
こんな死の匂いがする地で、それでも2人は満たされた気分で笑いあった。
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