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第2話
「先輩は、プロになる気はないんですか?」
三日ぶりに顔をあわせた今日も、最初はそんな話から車内での会話が始まったはずだった。
俺は勝手に暖房の向きをいじりながら、ハッと鼻を鳴らした。
「またその話か。この前も言ったけど、俺はそういうの性に合わないんだよ。大体、今だって転職考えてるくらいだし」
実力がそこまで伴わない、という言葉はあえて飲み込む。
「え? インストラクター、もう四年も続けてるのに辞めちゃうんですか? どうして?」
「どうしてって……」
ああ、そうか。こいつはサークルにいた時も大して真面目にボードやってなかったら、そっち方面には疎いのかもしれない。俺も聞かれるまで話そうともしなかったしな。
けれど説明するのが面倒くさくなって、俺はいつものごとく話を濁した。
「まぁ、いつまでもフリーターっぽいことやってるわけにはいかないからな」
一応俺の肩書きはスノーボードのインストラクターとなっているけれど、はっきりいってそれだけでは生活はしていけない。
雪が降らない季節は当然仕事も入らないので、必然的にバイトという形式でスキーショップや飲食店などを掛け持ちせざるを得ないのだ。
決してフリーターではないが、安定した生活を送っているとは言いがたい。
だからといって、簡単にプロになれるかといえばそんなことはあるわけもなく。
日本での正式なプロのなりかたは一つではなくて、公式の大会でポイントを稼ぐとか、プロツアーというプロが沢山でる大会に出場して上位に入るとか、まぁ方法はなくもないんだけど、いかんせんその大会に出るのさえ地区予選を勝ち抜いていかねばならない。
なんにしろ実力が伴っていないと、レベルの高い大会に出ても危険なだけだ。
「この職を選んだときは若かったけど…」
もう、二十六だぜ?
俺は自嘲した。
もちろん例外はいくらでもいるけど、だいたい平均して三十を過ぎるとインストラクターも辞めていく人が多い。体力的な問題もあるだろうし、金銭的なこともあるだろう。
けれど、何もわかっていない、この馬鹿は言う。
「でも先輩、すごく上手いじゃないですか。僕、いつも先輩の滑る姿見ていて、すごく綺麗だなって思いますよ」
そりゃどーも。でもな。
「そんなに甘い世界じゃないんだよ。若干十四歳でプロになる奴もいれば、何十年かかってもなれない奴はなれない」
「でも、挑戦くらいしてみたって…」
あああ、うざい。
俺は運転している奴の胸倉をつかみ上げ、強引にその唇を奪った。
「ん…っ、先輩……。まえ、前! 危ないって、うわわッ!!」
ギャルルッと嫌な音を立てて、車がスピンする。そういえば、今日は氷点下で道はアイスバーンになっていたのだった。
「よかったな、駐車場から出る前で。道路に出ていたら一巻の終わりだ」
にやりと笑う俺を恨めしげな目でにらみ、日野は嘆息した。
「わかりました。もうこの話はしません。その代わり、今日はとことん付き合って下さいね。三日ぶりなんですから」
三日ぶりって……たったの三日じゃねーか。
日野は父親の会社に勤めながらも、こうして二日か三日おきには俺に逢いにくる。冬は俺がインストラクターの仕事を終えて帰る時間を見計らって迎えに来る場合もあるし、ただ単に俺たちのチームの練習を見に来ることもある。たいてい大会に出るときは見に来ていて、俺が上位でも下位でも奴は「先輩が一番きれいでした」と言って笑うのだ。
次期社長がそんなにフラフラしていていいのかとも思うが、まぁ俺にしてみればタダ飯が食えるし、性欲処理にも事欠かないので、奴の行動に口を出したことはない。大学のときに比べれば毎日ベッタリくっついているわけでもないので、うざいと思うこともあまりなくなっていた。
けれど、今日みたいに俺の問題に口を出してくるときは別だ。必要以上に干渉したくもないし、されたくもない。
結局のところ、俺たちはその程度の付き合いでしかないのだ。奴にとってはどうだか知らないが、少なくとも俺はそう思っていた。
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