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第4話
「どうした、蓮見? 集中力が途切れてんぞ」
うるさいな。わかってんよ、それくらい。
俺は肩で息をしながら、声をかけてきた人物を睨んだ。
同じボードチームの仲間で、向井 という男だ。俺より三つも年下だが、彼の中には敬語も遠慮も存在しないらしい。
実力のほうも俺よりはるかに上で、大会でもかなりポイントあつめているから、このままいけばプロツアーに参加できるのではないかといわれている。
「おーこわ。そんな顔しちゃ、かわいこちゃんが台無しよ?」
「あほか」
ニヤニヤ笑いながら肩をすくめる彼は、同性愛者でもある。俺も誘われるままに何度か寝たことはあるが、向井自身が日野の存在を知ってからは一切手を出してこない。どうやら、俺と日野が恋人同士だと思っているらしかった。
そんなわけで、今日も今日とて悪意のないからかいが始まる。
「今日は日曜なのに、めずらしく来てねーな、アイツ」
俺は聞こえないふりをした。
ここ数日、俺の苛つきは極限にまで達している。
ダブルコークに加えようとしている回転系のトリックが、どうしても上手くいかないのだ。
大会まで日にちがないので、これはもうひたすら練習する以外にない。焦りに加えて、何故かボードをやっていても全然楽しいと思えない。真っ白な雪でさえ、見るのもうんざりしてくる。
…スランプってやつか。
向井を無視して練習を再開しようとすると、いきなりごつい手に肩をつかまれた。
「……なんだよ、放せ」
「まぁまぁ、そんなずさんな集中力で練習したって、怪我するだけだぜ。アンタもライダーならそんなことくらい分かってるはずだけど」
「………………」
「スキー場のコーヒーでもいいんならオゴるよ?」
「………カフェオレがいい」
「はいはい」
向井は「しょうがねぇな」って感じで笑うと、ウェアの上から俺の背中をバンバン叩いた。なんだか無言で励まされてる感じがして、ちょっと悔しい。
スキー場に日野が来なくなって、二週間が経っていた。自分から別れておきながら、俺は少し混乱し始めている。
なんというか………違うのだ。日野はそんな男ではない。
六年間も連れ立っていれば、当然口論することもある。この間みたいにハッキリと拒絶したのは初めてだったけど、似たような喧嘩だったら今まで何度もしてきたはずだ。そして、そのたびに日野から必ず折れてくる。どんなに俺が冷たくあしらおうとも、ニコニコ平気な顔で「蓮見先輩!」と駆け寄ってくるのが、日野なのだ。
当然、数日後には何もなかったかのように逢いに来るものだとばかり思っていた。どんな言い訳をして日野を遠ざけようかとまで、考えていたというのに。
――― 反省、したのか?
――― それとも、俺の言った言葉に全面的に納得したのだろうか。
それなら、それでいいんだけどさ……。
もう面倒くさい思いしなくてすむし。
だが、第三者であるはずの向井にしてみれば、そうではなかったらしい。
「別れたぁ!?」
「うん」
「お前ばかじゃね、なんであんないい男を逃すわけ?どうせ別れるんだったら俺にくれよー。日野だっけ? いっぺんでいいから、あのきれいで生意気そうなツラを泣かせてみたいと思ってたんだ」
「………………」
「………って、蓮見? おい、マ?」
もう一度うん、と肯いて俺はカフェオレを口に含んだ。はー、あったかい。
と、いきなり頭を拳で小突かれた。
「なんだよ」
「それで、ここ最近イライラしてるってわけか」
「ちがう、それはトリックが」
「精神的に不安定だから、まともにトリックもできないんだろうが。今度の大会は構成重視のハーフパイプだ。そんなコンディションで出るつもりかよ」
「別にコンディションと日野とのことは関係ない。うるさいのがやっといなくなって、寧ろせいせいしてる」
俺はムキになって言い返した。そんなガキっぽい反応に「アンタ本当に二十六か?」と向井が呆れる。
そして自分もカフェオレを咽に流し込みながら、独り言のように呟いた。
「しっかし、お前にフラれたくらいで諦めるようなタマには見えなかったがなー、あのボウズ」
ボウズって………日野はお前より二歳も年上だぞ。
「蓮見も蓮見で、自分から別れといてなんだそのザマは。てめーのコンディションは恋人が迎えに来なくなったとたんに崩れるのか。おいこら、ボードをなめてんのか?」
「だから、それは……ッ!」
何度言っても理解しようとしない向井に反論しようとした俺は、そのままチュッと唇を奪われ、慌てて身を引いた。周りを見回すと、どうやら誰も俺たちのほうを見ていなかったらしい。
「へー、蓮見でも慌てることなんてあるんだな」
ニヤニヤ顔をゆがめて笑う ――― 嫌な感じ。
「時と場所をわきまえろよ。こんなトコ一般客に見られたらどうすんだ。お前、俺の仕事がインストラクターってこと忘れてないか?」
「へいへい。じゃー、時と場所をわきまえて、今晩ここのホテルでどーでしょ?」
「あ? お前の好みは日野みたいなのじゃなかったのか」
「いやん。蓮見ちゃんたら、いけずぅ。俺の守備範囲はこのゲレンデよりも広いのよん?」
「……あっそ」
こいつも黙ってればいい男の部類に入るのになぁ……。
俺は苦笑して、了承の意を示した。
――― 別に断る理由なんて、どこにもない。
「ん………、あ、やぁ……ッ」
「蓮見……おめー、エロすぎ……。んな、ぎゅうぎゅう締め付けるんじゃねぇよ」
んなこと言ったって……。
直接的な向井の言葉に、頬が熱くなるのを感じた。正常位で繋がったまま背中を抱き起こされ、向き合うような格好で座らされた。更に深く貫かれる感触に、俺はもう悲鳴をあげるしかない。
「前に抱いたときより、もっとエロくなってんじゃねーか?ったく、だーれに仕込まれたんだかなぁ」
「あああぁぁッ、や……だめっ! そんなに、したら……ッ、あ、あ、あ、あ、やぁ、…あんッ」
下から思い切り突き上げられ、激しい律動に耐え切れなくなった俺は、たまらず向井の首にかじりついた。
向井のって、こんなに大きかったっけ………。そう思ってから、ふと向井が手を出してこなくなってここ数年は、あいつとしか寝ていないことに気がついた。まさか六年もダラダラ続いた関係が、こうもあっさり終わるとは予想してなかったけど。
そんな俺の胸中を見透かしたように、向井が動きを止める。
「や………止めんな、よぅ……ッ」
「お前なぁ……、セックスしてる最中にまでボウズのこと考えてんじゃねぇよ。…まあ実際、こんなとこ奴に見られたら俺は半殺しじゃすまねーかも知れねーけどよ」
「な………ッ、誰が……」
「お前は考えてることがすぐ顔に出るからな。バレバレなんだよ」
すっかり気分を害してしまったのか、まだ強度を保ったままのそれを俺の中から抜こうとする。
「やだ………待って、もう考えないから! 最後まで、して」
だって、この中途半端に燃え上がった熱をどうしろっつーんだ。
「いーのかぁ? 元彼に叱られっぞ」
とたんに、胸がズクンと疼いた。
それは本当に唐突で、あの日あいつが「見合いをする」と宣言したときの感情とすごく似ていて………、俺はまた、自分の気持ちに混乱した。
「ちがう……」
「蓮見?」
「ちがう。日野はもう、俺のことなんて何とも思ってない」
だって、もう二週間も姿を見せない。俺に会いに来ない。顔を見せない。話しかけてこない……!
「蓮見………悪かった。だから泣くなよ。ったく、お前の泣き顔はそれだけで男を殺せるぞ」
どこまで本気なんだか冗談なんだか分からないようなことを言って、向井は困ったように俺の髪を撫でた。
「誰が………泣いて……ッ……ヒック」
「ああ、わかった、わかった。俺はお前を抱けばいいんだな?それで、後悔しないな?」
その口調は男として、というよりはまるで親のようで。俺は向井に抱きつきながら、こくんと頷いた。
「早いとこコンディション元にもどせよ」
「うん………」
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