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第6話

 大会当日。 「おい、蓮見。調子はどうだ。いけるか」 「もちろん」  俺はグローブをし直しながら、声をかけてきた向井に向かって笑ってみせた。今日は大会日和だ。嫌味なくらいに晴れている。  大丈夫、いける。  なんとなく、そんな予感がしていた。 「どうしたんだぁ? 急にコンディションも持ち直しちまってよ。まぁ良かったけど。リーダーなんか見てみ。心配のし過ぎで、毛がますます薄くなっちまったじゃねーか」  いや、それはもともとだろ。 「やっと上位を狙う気になったってか?」 「いや、違う。今日はただ、気持ちよく滑れればそれでいいよ」 「おーお、はつらつしちゃって。その調子じゃ、ボウズと仲直りでもしたか」  向井ってまだ二十三で顔も今時の若者らしくイケメンなはずなのに、なんでこうオヤジくさいしゃべり方するのかなぁ。  俺は苦笑しながら、ハーフパイプのスタート位置に向かおうとした。 「おいおい、待てよ。さんざん心配かけたんだから、ちょっとくれー教えてくれたって……」 「はずれだよ、向井」 「……へ?」 「俺、さよならすることにしたんだ」  この大会を最後に、ボードにも、……日野にも。  向井みたいに、純粋にボードが好きな奴にはわかんないだろうな。  俺は念のため、ギャラリーのほうへと視線を泳がせる。  ――― うん、来ていない。まぁ、来てるはずないけどさ。 「バイバイ、日野」  ボードは、一つのトリックからいろいろな技が出せる。そうじゃなくても同じパイプ技ばかりをし続けるのは論外なので、俺は横回転に縦回転を加えた大技にある意味賭けていた。  後悔だけは、したくない。  思い切り、――― 飛ぶ!  コンディションも抜群で、これ以上はないってくらいに集中していたはずだ。  なのに。  たった一言の叫びが、俺の意識を拡散させた。 「蓮見先輩!」  ………日野?  ななめ回転で、ちょうど視界も斜め逆さになっていたにもかかわらず。俺はギャラリーの中に、光を見つけた。 『お疲れ様でした』 『すごく綺麗でした。僕、思わず見とれちゃって………』 『あなたが、好きです』  いつだって見せてくれていた、  その笑顔が。  光が。  俺を包み込む。  そのために、ボードをやって……… 「きゃああぁぁぁあああぁぁッ!!」 「危ないッ!!!」 「蓮見ッ!!」  え、なに? なに?  日野の笑顔に見とれていたコンマ数秒間の静寂を打ち破り、複数の引きつった絶叫と、ゴキンッという嫌な衝撃が俺の鼓膜を振るわせる。  痛くは、なかった。  ただ、死ぬのかなと思った。  真っ白な光の中に、最後に見えたのはやっぱり日野の笑顔で。  こんな終わり方なら、悪くないかもなー、なんてのん気に思った一秒後。俺の意識はすさまじい勢いで闇に呑まれていった。
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