8 / 52
葦津周(よしづあまね)
目覚めると見慣れない天井が視界に入り、葦津周 は朦朧とした頭で部屋の中を見渡した。
「あ、起きた。た──神宮、彼が起きたよ」
同窓会で飲み足りなかったのか、神宮が二本目のビールの缶を開ける手を止め、ソファに横たわる周の方に目を向けた。
「生きてたな、葦津周」
「あの俺……ここは……」
ソファから体を起こすと、周は目の前の男達の顔をぼんやり見つめ、けれどすぐ訝しそうに眉根を寄せた。
「ここは俺ん家だよ。君がそこの通りで気を失ったから連れてきたんだ。体は大丈夫か?」
優しげな微笑みを向けられ、不安だった鼓動が落ち着き出すと、周は改めて自分の立場を理解した。
「す、すいませ……ん。俺、帰ります……」
申し訳ない気持ちで頭を下げ、ソファから立ち上がった途端、再び目眩に襲われると、床に尻餅を付いてしまった。
「まだ休んどけ。顔色も悪いぞ」
「いえ! そんな……見ず知らずの人にご迷惑ですか──えっ! あれ、せ、先生! どうしてここに」
強引にソファへ引き戻す手の主を見上げると、周はようやく大学講師である神宮を認識し、益々状況を把握できずにいた。
「悪いけど、お前のリュックの中身見せてもらったぞ」
神宮に言われてテーブルに目を向けると、見覚えのある学生証や財布、スマホが並べられていた。
「……はい、それは構わないです。それよりも俺──」
「道で気を失ったんだよ。それでたまたま通りかかった俺達がここに運んだんだ」
差し出された水を受け取ると、「すいま……せん」と深々と頭を下げ、周はコップを握りしめたままゆっくりと唇を動かした。
「ご迷惑をかけました。俺、宝生大学二年の葦津周と言います。神宮先生の講義も取ってます」
ソファに座ったまま、周は再び頭を下げた。
「知ってるよ、見た事ある顔だし。名前は今知ったけどな」
「ところで……周君。そのさっき──」
「お前、何があった? あのスーツの男達は誰だ」
聞き辛そうにする声に被せるよう、神宮に質問をぶつけられた。
「あ、あれは、別に……何でもないんです」
「何でもない奴が、お前のことあんな風に扱うのか?」
乱暴な口調で踏み込んでくる神宮に瞠目した周は、思わず口を噤んで俯いてしまった。
「神宮の言い方が荒っぽいんだよ。もっと優しく言えよ」
「す、すいません。あの、えっと──」
「あ、ごめん、ごめん。俺、才原那生。神宮先生の友人だよ」
「先生の……。あの俺の方こそごめんなさい。迷惑をかけてしまって、もう帰りますので」
再び立ち上がろうとしたと同時に、効果音のような豪快な音が腹から聞こえ、周の顔が真っ赤になった。
「何だ、お前腹減ってたのか」
周の顔を覗き込見ながら、神宮がほくそ笑んだ。
「いや、そんな事は! だ、大丈夫です」
百八十を超える身長を縮こませ、周が恥ずかしそうに視線を逸らすと、那生が徐に立ち上がって台所へと向かって行った。
「焼きそばくらいなら直ぐできるから。食べてってよ」
冷蔵庫の中をチェックした那生が材料を取り出すと、手際よく調理を始めた。
「いえ! そんな悪いです。俺、平気ですから」
「俺も食う。那生、二人分作って」
「さっき晃平の店で食ってたじゃないか。まだ食べんの?」
「俺、途中参加だったからあんま食ってない」
「あ、それもそうか。それに……ふふ」
キャベツをきざみながら笑っている那生を、周は不思議そうに眺めた。だが、二人の交わす視線でその理由がわかった気がした。
周が遠慮しないで食事できるよう、神宮が気遣ったのだ。そしてそれが那生にもわかり、微笑んでいたのだ。
「俺、大盛りなー」
「いいけど、知らないぞ。こんな時間に食って太っても」
「平気、平気。俺太らない体質だからさ。周、那生の焼きそば美味いぞ。高校の学祭で行列を作った伝説の焼きそばだからな。お前もちゃんと食えよな。腹減ってぶっ倒れるくらいなんだ」
「えっと、はい……なんかすいません」
神宮の言葉に従うよう頷く周は、テーブルの側に改まって座り直した。
食欲をそそる音と匂いが充満する部屋で、数時間前に起きた出来事をどう説明すればいいか、周はリュックを見つめながら考えあぐねいていた。
ともだちにシェアしよう!

