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探し人
「久しぶりに食うけどうまいな、さすが那生だ」
出来立ての焼きそばを頬張る神宮を、まだ緊張が抜けない周はポカンと眺めていた。
「ほら、周君も食べて。口に合うかわかんないけどさ」
緊張をほぐすような笑顔で那生から箸を渡され、「はい、では遠慮なくいただきます……」と遠慮がちに麺を口に運んだ。
「周。お前のそのデカい体と筋肉は見せかけか。ちまちま食べんな」
焼きそばを頬張る神宮に叱責され、周は短い髪をガシガシとかいた。
いつもの快活な性格は萎縮し、日焼けした肌に覆われている筋肉隆々な体も、今は何ひとつ役に立たない。神宮に言われるがまま、縮こませていた背中を伸ばすことに必死だった。だが胃袋は正直で、行儀良く食べようとしたのに、口に広がるソースの香ばしさに勢いが付き、箸でかっこむように食べると周はあっという間に皿を空にした。
「那生さん、すっごく美味かったです」
手のひら同士を合わせ、軽く会釈すると「お前もう食ったのか」と、神宮が自分の皿と周を交互に見ていた。
「お口に合ってよかったよ。俺、お茶入れてくるから、たま──神宮、残さず食えよ」
台所へ向かう那生の背中を追う神宮の視線に気付いた周は、頭によぎったことを聞きたくなった。
もし、自分と同じなら……。
「先生……」
「何だ」
「先生は、那生さんの事を……あ、いえ、やっぱ何でもないです」
口にした言葉を再び閉じ込め、周は黙りこくった。
「その質問の先は想像できる。だが、それをお前に答える義務は、俺にはないよな」
「はい……そうですね」
煙草を取り出そうとする神宮がその手を止め、「お前の話の方が先だと思うけど」と、周の方を見据えてくる。
正直、以前から神宮のことは苦手だった。
講義で顔を見るくらいしかないけれど必要最小限の言葉と、きれいな顔にくっついている眼光が怖い。
一度、質問があって話しかけた時も、変に身構えてしまってうまく話せなかった経験がある。それが尾を引いているのかも知れない。
とにかく面と向かって話すのは今が初めてなのだ。なのに、こんな話を聞いてもらってもいいのだろうか。
短く切り揃えた髪に手をやると、周はそのまま頭を抱えるよう俯いた。どこからどう話せばいいか、思っていることを吐き出す事に躊躇ってしまう。
ぐるぐると逡巡し、意を決して唇をゆっくり動かした。
「先生……俺……」
「周君、無理に話さなくてもいいよ。ただ、君のあんな姿を見ちゃ、ほっとけないんだよ、神宮先生は」
お茶を運んできた那生が「熱いから気をつけて」と、湯飲みを差し出した。
「俺はどっちでもいいけど」
言い捨てるように立ち上がった神宮が台所へ行くと、空になった皿をシンクに置いてベランダへ出ようとした。
「あのっ」
神宮の背中を見た途端、咄嗟に声をかけてしまった。今夜、二人に会ったことが何かの暗示に思えたからだ。
「俺、沖縄……宮古島出身でこっちに友達もいないし、ましてや大人の知り合いなんて居なくて。だから、その……俺の話を聞いてくれますか」
辿々しく紡ぐ言葉は、まだ迷っていると悟られたかも知れない。自分の思いの丈をどこまで語ればいいのか、話しても理解してもらえるのかを。
「ふーん、沖縄出身か」
どうやらベランダで煙草を吸おうと思っていたのか、それを諦め、神宮が煙草をポケットに押し込むと、周の向かいに胡座をかいた。
「はい……。大学進学のために上京しました。でも本当の目的は別なんです」
「別?」
「俺、人を探しに来たんです。大切な人……を」
周は唇を左右に引き結ぶと、真っ直ぐ神宮の顔を見た。
「人って、友達か?」
「あ、いえ。好きな、人です」
答えた途端、神宮の表情が不憫な人間を見るような顔に歪んだ。
「……連絡先すら知らない相手を探してる、ってことだよな」
神宮が何を言わんとしているのかわかる。きっと自分は怪しい奴と思われているのだ。例えばストーカーとか……。
誤解されては話を聞いてもらうどころではない。周は一から全て聞いてもらおうと、改めて神宮と那生の顔を見やった。
「先生、俺の好きなやつって男なんです……」
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