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第3話

上司がよそ行きの顔で笑っていようと、少年は眉ひとつ動かさなかった。全て自分の知っていることだったので、情報を書き取る手も止まる。 その時、扉の方から物音がした。壁にかけられた質素な時計を見る。すっかり気づかなかった。そろそろ郵便が配達される時間だ。 扉に取り付けられている郵便受けから、差し込まれた手紙を取り出す。次の「仕事」の指令だった。 ざっと中身に目を通して内容を記憶する。何も危惧することは無い。いつもと同じ「仕事」だ。 「標的」を殺せばいい。他人と命のやり取りを命令されても、やはり少年の気持ちは動かない。 家族からの手紙は、もう何年来ていないだろう。思い出せるのは、この施設に入る前に父から送られた、「民草の役に立て」という言葉だけだ。 父の短すぎる激励と、母の張り付いたような笑顔に、少年は押し出されるように兄と家を出た。 寂しくはなかったと思う。少年は両親が、特に母のことが得意ではなかったから。 彼女は華美に自らを飾り立て、いつも甘ったるい香水の匂いを漂わせていた。そんな女性を、彼はどうしても母と呼ぶことができなかった。 とはいえ、もはや「苦手」という感情も、少年にはどんなものだったか思い出せない。考えを巡らせてみても、ただ頭の中に靄がかかるように、ぼんやりとしてしまう。 窓から風が吹き込んで、司令書をばさばさと宙に巻き上げた。少年は何とも思わずに、紙切れを拾い窓を閉める。 何が起こっても、彼の感情は動かなかった。今日も、心は凪いでいる。
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