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第4話

少年が生まれ、育ち、今も住んでいる国の名を、「リョクヨウ」という。 山が多く、海に囲まれ、自然の要塞となっていたことが由来で名付けられた。集落が起こり、貴族が勃興し、内戦や他国との戦に勝ったり負けたりしてーーその歴史は、よくある国と大差ない。 最も特筆すべきは、その国民性だった。 「男がめそめそ泣くな」、「女は愛嬌」、「自分の機嫌は自分で取れ」、「怒りを抑制しろ」、「優先すべきは他者であり、自分の感情は二の次である」、「我慢こそ美徳」。 誰もが、感情を表に出すことを良しとはしなかった。 個人を重んじることが主流となった現代において、諸外国が眉を顰めるような価値観が、当然のように根づいている。 その信条にに拍車をかけたのもまた、彼らの国民性だった。 勤勉で好奇心旺盛。常に人の役に立とうと奔走する。そんな性質が、とある研究を速やかに推し進めた。 最初は、負の感情を抑制する薬だったという。 怒りやすい人。心配性な人。涙が止まらなくなった人。総じて、感情の表出が止まらなくなり、社会から後ろ指をさされ続けた人が望んだ薬だった。 脳神経細胞に作用し、神経伝達物質の増減に干渉する。それだけであれば、社会生活を送るのに役立つものだった。 問題は、しばらくして発覚した。誰も予期していない副作用という形で。 最初に発現したのは、とある恋人ふたり。 何がどう作用したのかはまだ研究中だがーー薬を飲んだものの感情は、そっくりそのまま、相手へと移ってしまうのだった。 その原因となるのは、体液の摂取。 発覚したきっかけは、平凡な恋人ふたりの、性行為だった。
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