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第5話

その少年は数年前、七つになるかならないかの頃に兄と共にこの施設にやってきて、件の薬の研究に貢献している。 といっても、もちろん研究員としてではない。秘密裏の、しかし大掛かりな実験体として、ずっと無機質な部屋でひとり暮らしている。 「リンさん」 外から少年の名が呼ばれ、扉が開いた。声だけかけて入ってくるのは、研究員である「セト」だ。 銀縁の眼鏡をかけ、髪は後ろになでつけている。朝早くとも夜遅くともこの髪型で、どんな実験でも「仕事」でも、顔色を買えない。これではどちらが実験体として感情を人に移す側か分からない、というのが、セトと初めて会った時のリンの印象だった。 「何。「仕事」の司令なら、さっき届いた。まだ少し時間はあるでしょ」 指定の時間より早く来るのは、いつも秒単位で時間を決め、せかせかと歩き回っているセトらしくない。 「もちろん、お迎えに来たというのもあります。それより、業務連絡が」 そこで、彼の声が、らしくもなく少し震えた。 「ある兄弟が、死にました」 「被検体番号は」 リンの声は震えない。感情が動かないからだ。そのことにも、罪悪感すら生まれない。 「12番と13番です」 「死んだのは、どっち」 「じゅうに、ばんが……」 「そう。兄の方なんだ」 これは少し意外だった。まだ人に移しきれていない僅かな感情が、些細な揺れを示した。
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