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第6話
施設の実験体は、「兄弟」二人で一組とされている。
もちろん、本物の兄弟というわけではない。
ただこの施設に来た初期の実験体がーーリンとリョウが兄弟だったため、そう呼ばれるようになっただけだ。
実験体は「兄弟」となり、感情を移し、移されを繰り返す。途中で脳の物質を計測するといった実験が行われたりもするが、その詳細はリンには降りてこない。
むしろ、自分たちに任されている「仕事」の方が主な目的ではないかと思っているほどだ。数はそれほど多く無いけれど。
「楽園」の導き手として、この国の敵を、国民には知られないよう根絶やしにする。
感情を移された側は、その高すぎる共感性から、「標的」を分析する。
感情を兄弟に移し失いつつあるリンのような被検体は、実行犯だ。
黙々と感情の揺れのないままに、「標的」を屠る。そうすることで、偉い人たちの罪悪感を減らし、政に専念させたいのだろう。
「12番の死因は?」
「……自死です。感情を移し続けていましたから、脳に大きな負担がかかり、錯乱した末の行動だと見られています」
今までも、被検体が死ぬことはあった。しかしそれは、全て「弟」ーー自分のように、感情の振れ幅を減らした側だったはずだ。
暗殺の際に「標的」の護衛に捕まり、情報を漏らす前に施設の手で殺されたり、標的と相討ちになったり。殺され方は様々だったが死に至るきっかけは全て「仕事」の失敗だ。
「事実上、初めての実験による死亡が確認できた例になります。共感性の強い「兄」側はともかく、「弟」には伝達しても良いのではないかと、施設長が」
「そう」
大方、この事実を聞いた「弟」側が、動揺を見せるかどうかを見てみたいだけだろう。そして、「弟」であるリンは感情を僅かしか動かさなかった。
そろそろ「仕事場」にむかってもいい時間だ。武器のダガーが整備されていることを確認して、ホルスターに仕舞い、腰に装着する。同世代に比べて小柄であるリンには、小回りのきく武器がちょうどいい。
ーーてきは、ぼくが全員やっつけるから。お兄ちゃんは、危なくない仕事をして
不安そうにしている兄を説得して、自分が「仕事」を「実行」する側に回った。
あの時の気持ちが、もうリンには思い出せない。
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