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第15話
感情を移した直後ということもあり、何の哀しみも湧いてこなかった。
リンは自分の部屋に戻ったあと、椅子にだらりと腰掛け、目を閉じた。頭の中は真っ白。何も考えられない。長く伸びた髪が窓から入ってきた風で揺れ、さらりと頬に触れた。
――ここから出たら、ふたり、山の奥にでも住んで静かに暮らそうか。
何も考えられないリンは、ただいつかの兄の言葉を思い出していた。この施設に来たばかりの頃。ちょうど今と同じ、暑い分風を涼しく感じられる季節だった。
――リンは動物によく好かれるからね。毎朝小鳥の歌で目覚めて、昼にはリスやウサギと戯れて。
そんなことを言いながら、兄はリンの伸び始めた髪を編んでくれていた。ふたりはいつも、揃いで三つ編みをしていた。
兄の分はリンが編む。だから、リンはいつも綺麗な三つ編みをしているけれど、兄は少しぼさぼさだった。リンが上手く出来なかったと言っても、これが気に入ってるんだと笑っていた。
――ずっとこの髪型でいようかな。さっきの願いが叶うまで。
その言葉を聞いてから、リンも兄と同じく髪を伸ばすようになった。何を思ってそうしたのか、今ではもう思い出せないけれど。
リンは引き出しに入れてあった鋏を手に取り、自分の髪にあてた。躊躇うことなく刃を入れる。
ばっさりと切れば、実はずっと長い髪を邪魔に思っていたのかもしれないと気づいた。
仕事の後、返り血が落ちるまで洗うのが一苦労だったから。
じゃあ、これでいい。もう結ぶ人もいなければ、髪に願いを込める意味も感情も、リンにはなくなってしまったのだから。
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