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第26話
熱が下がって目を覚ました朝から、自分が自分じゃなくなっているみたいだった。凪いでいた心の均衡が崩されたから。
「うわ、キン蹴り野郎」
「……変な名前で呼ばないで」
部屋に入って目が合った彼は、発した言葉の内容はともかく、数日前には自分を殺そうとしていた相手にしては、えらくあっさりした声音をしていた。
あの時の緊迫した状況などなかったと勘違いしてしまいそうな程に。すれ違いざま顔見知りにあった、くらいの軽さを彼からは感じる。
「お前が次の「弟」だったのな。ま、知ってたけど」
この男は、知っていた上で悪ふざけとして、自分を殺そうとしたのだろうか。その言葉に憤っても不思議では無いのに、リンはそうならなかった。
「弟」と呼ばれる度に、兄に拒絶された時の傷がじくじくと痛むからだ。このままだと膿んでしまうかもしれない。そんな風に考える自分も嫌だった。
「「弟」ってだいたい感情ねーだろ。人形かロボットって感じで。それが困惑全開って顔でオレの前に立つから躊躇っちまった」
そういや、「弟」も人間だもんな。何でもない顔でロウはそう言う。
「で?お前のその人間らしさ、オレが吸い取ればいいわけ?」
ロウの言葉ひとつひとつが、小石のように心に波紋を広げていく。
兄さんは僕を覚えていない。
僕は実験に使われている。
人間は感情で動く生き物なのに、僕は感情を失っていく。
心の平穏が崩れていく。
疑問も、推測も、ずっと押さえ込もうとしていた。一度あふれてしまえば、また熱はぶり返してしまうだろう。
こんなもの、全部吸い取ってほしい。
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