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第30話
もともと検査が多くあるこの施設で、被検体は脱ぎやすいようほとんど病衣しか着ない。綿素材で簡易な作りのそれは、部屋着みたいなものだ。
「兄弟」の中にはたまにお洒落をしている者もいるけれど、リンには特にこだわりがなかった。
だから、釦は簡単に外れていく。するりと、あまり日に焼けることの無い、白くて薄い肩があらわになる。
「……っ!」
そこに、ロウは躊躇いなく噛み付いた。ぷつりと皮膚が食い破られる。歯型を付け、音を立てて血を吸う。リンが口づけを拒むなら、こうするしかない。体液さえ摂取できれば、実験としては何の問題もなかった。
「ひ、ぅ……」
自分の中の澱みを移すだけの行為が、感情の流れていく瞬間が、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。人間としての大切なものが抜け落ちるから、それはきっと心にとって、ひどく痛くて苦しいことだから、脳が何らかの信号を出して快楽と錯覚させているのかもしれない。
「ぁ、……ん……っ」
思わず声が漏れる。ロウは何も言わなかった。違う。彼も自分と同じように興奮しているのだろう。肩から口を離されると、荒い吐息が耳をくすぐった。
「もっと……して」
首の後ろに手を回して、自らの肌を差し出す。間を置かずにまた噛みつき血を啜られる。
「ひぁ……っ」
口が寂しい。兄の時はいつも塞いで貰っていたから。兄と違う行為がしたいのに、気づけばなぞろうとしている。滑稽だった。そんな感情も浮かんですぐに靄になって消えていく。
ただ、なんとかして唇を塞いで欲しいという欲望だけが残った。
「んっ……」
ロウと同じように、リンも彼の肩に顔を埋めた。
小さな傷跡が、肌をほんの少し膨れ上がらせている。傷はそのうち、傷跡になる。でも消えはしない。それすらも、実体験なのだろうか。彼が外で暮らしていた時の。
「ん……ぅ……」
「お前……」
傷跡を舐めれば、唇も寂しくなくなる。ざらりとした皮膚の感触が舌から伝わる。くすぐったかったのか、抱きしめてくる彼の腕に力がこもった。
お互いにこれ以上ないほど密着して、これ以上されたら潰れてしまうというくらい抱きしめ合う。
しばらくすると、興奮という感情すら凪いでいく。この段階になればもう、感情が移行完了した合図だった。
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