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第31話
頭がぼーっとする。体がふわふわと浮いている気がする。身内以外にあんな姿を晒すなんて恥ずかしい。終わる直前までは確かにそう考えていたはずなのに、今は「もういいや」と思い始めている。
「あー、スッキリした」
それでも、彼のひと仕事終わったみたいな態度に釈然としない気がする。
「感情を受け取る方も、そう思うの」
むしろ、「澱み」なんて呼ばれているものを受け取って、ひどく陰鬱になるのではないかとリンは考えていた。
だからこそ「兄」には錯乱したという事例があるのだし、そして何より、自分の感情が兄を穢していると思うと、また心に澱みが溜まる気がした。それも兄が引き受けなければならない。妙な悪循環だった。
「思うよ。オレだけかもしんねぇけど。色んなヤツの色んなもん受け取ってるんだ。たまに、どれが誰のか、自分の感情がどれか分からなくなる。考え事してて、「いやオレこんなこと考えねぇだろ」とかな」
でも感情を移行している最中は、確実に目の前の相手のものを受け取っていると実感できる。だからそこに不安は無い。らしい。
「受け取る時は、何を考えてるの」
受け取るとリンの感情が流れ込むから、正確には受け取る前か。
彼のことだから、またデリカシーのない回答が飛んでくるものだと思っていたけれど。
「お前のこと」
「……っ、それは、そうだろうけど」
「変なヤツって思ったよ。研究員共は、血を吸ってるオレ見ると気味悪がるからさ。体液なら何でもいいっつったのはアイツらだろうに」
キスよりも吸血の方が、むず痒くなくていいとロウは言った。
「感情を移せば、気味悪いとかもなくなるから」
「だよな。いきなりオレの傷跡舐め出すし」
あれも彼にとっては気味悪いといわれるもののひとつなのだろうか。リンにとっては、寂しさを埋めてくれるものに見えたのに。だから甘えるように唇を寄せたのに。
「ちなみに今は、お前と会うと毎回口ん中鉄の味だわって思ってる」
なんて、物騒なことを言いながら、屈託なく笑って見せた。感情を移す前と後で、彼にさしたる変化は見られない。
彼なら、兄のように壊れたりしないのだろうか。たとえ自分の澱みを移し続けても。
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