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第36話
下を向いていると、床にぽたりと雫が落ちていることに気づいた。ロウが適当に汁物から野菜を移すから少し零れたのだろう。
「机、置かないの?」
といっても、彼の部屋には本がいっぱいで、机を置くならかなり小さいものか、本を天井近くまで積み上げるかしないと難しいだろう。
「本は全部いるんだよ」
「一回読んだ後も?」
「覚えるまで読む」
その理由が、感情をすぐさま忘れさせられるリンには分からなかった。
「オレには学がねぇし、頭もよくねぇから。フツー、人間にはいるんだろ、教養ってヤツが。めんどくせぇしクソ喰らえって思ってるけどな」
「……それも、ロウの弱み?」
「たぶんな」
だったら、人目に晒したくないんじゃないだろうか。自分が聞いてしまってもいいんだろうか。
「僕に話していいの?」
「お前なら、別に。だって悪用しねぇし。噂立てたりすぐ実験だの何だの騒いだりしねぇたろうし」
「うん」
いくら弱みを握っていようが、意味の無いことだと思う。それを元に誰かを貶めようなんて効率が悪い。貶めたいなんて思うほど嫌悪する相手もいない。
「したらロウは殴りかかってきそうだし」
「よく分かってんじゃねぇか」
手の置き場にされていた頭を、ぐしゃぐしゃと撫でられる。
今日知ったこと。ロウは野菜が嫌い。本を覚えるまで読もうとしている。それから、頭をぐしゃぐしゃに撫でるのは、彼なりの親しみを込めた触れ合いのひとつ。
そして、リンになら弱みを知られてもいいと思っていること。
ロウはロウで、自分の感情値が決して良い推移ではないことを知っている。互いに互いの弱みを握りあっている状況なのに、張り詰めた空気はまったくなかった。それどころか、むしろ、安心さえした。自分たち「兄弟」はおそろいなのだと。
頬が緩む。また、感情が揺らいでいる。
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