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第42話

「んん……っ」 口内をまさぐる舌は、蹂躙するというに相応しかった。舌が絡まりあい、口の隙間が埋まっていく。 かと思えば、予想外の動きに翻弄される。上顎を擦られると体がびくりと震え、久々の感覚を体が驚き、本能的に身を捩って逃れようとする。 しかし彼は逃がしてはくれず、大きな手で後頭部を固定し、さらに深いところへ舌をねじ込もうとする。 息ができないくらい苦しい。でも突き飛ばせない。もう片方の手でしっかり腰を抱かれてとらわれているせいもあるけれど、何より体が快楽に震えて自ら抜け出そうとはしなかった。自分が激しく求められているようで、腰を、頭をつかんで離さない手は力強く拘束する。それなのに、すがりついているとさえ思えた。 気持ちいい。なんで気持ちいいんだっけ。彼に触れられているから?触れられるとなんできもちいいの?思考が溶け、感情が褪せていっても、強烈な快感だけが残った。 「ん、ぁ……」 口づけが終わると、どちらのものかすら分からなくなった唾液がゆっくりと糸を引いた。ぼんやりしていた頭が徐々に、けれど静かに言葉を取り戻していくのが分かる。そうだ。僕たちはただ、唾液の交換をしていただけだ。だったら、この行為はこれでおしまい。 いつの間にか、リン自身も縋り付くようにロウの服を掴んでいた。無言で離したけれど、いつもならからかうなり文句を言うなりする彼が、一言も発さない。 「ロウ……?」 どうしたんだろうと、顔を覗き込んだ 「やめろ、見んな……っ!」 咄嗟に腕で顔を隠しながら間合いを取ろうとする。それでも彼の顔は隠しきれていない。耳の先まで真っ赤になっていた。 「ちょっと頭冷やす!」 だから近づくなというように、彼は部屋の中でリンと最大限に距離を取れる場所……隅に蹲って顔を伏せた。そんな体勢をとっても、赤くなった耳は隠せてない。 今のリンには、直前の記憶はあれど感情は無い。だからこそ冷静にロウを見つめ、考えることができた。彼にむっつりと指摘された時、自分の顔もあれくらい赤かったんだろう。そして、その時の感情が彼へと移っていった。 少し前の自分は、彼のことが好きだった。今の彼は、きっと自分を好きでいてくれる。 思い出したのは、読んでいた少女漫画で、主人公が意中の相手と両思いになれたかもしれないと浮かれる場面だった。 今の自分たちは、両思いとは少し違う場所にいる。
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