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第43話

いつも、リンの世界には兄だけがいた。感情を失う前も、失った後も。 兄以外、誰もリンには興味がなく、その逆もまた同じだった。リンにとっては兄だけがいればよく、他人には興味がなかった。施設に来てからは、兄と話す時以外はぼんやりと過ごすか、淡々と「仕事」をこなすかのどちらかだった。 やがて、兄以外にも興味を持たれない自分の輪郭が薄まっていく。自分でも自分が分からなくなる。 「2番、測定します」 そんなことを考えていたのは、体に様々な管をつけられ寝台に寝転んだ後、他に何もすることが無かったからだ。あぶくのように小さく浮かんでは消える記憶をなぞる。それは興味のない映像を流し見ているようなもので、やはり何の感慨も湧いてこない。 「いい値を出してますね」 そう言われたからには、胸を騒がせていた感情は無事、「兄」に移ったのだろう。それは、被験体としての価値がまだ自分に残っているということだ。まだ、ここに居ていいということだ。 不意に、検査室の扉が大きな音を立てて開いた。 指先がぴくりと震えたのは予想外の物音に対する反射的な構えで、感情が動いたわけじゃない、と思う。 「なんか急に呼ばれたんだけど。意味わかんねぇ」 声を聞くだけで……正確にはどたばたとした、自らの存在感を殺すということの知らない足音を聞いた時から分かってはいたのかもしれない。ロウが来たのだと。 そして、彼の言葉を聞くに、ロウはなぜか「弟」用の検査室に、研究員の誰かから呼ばれたのだろう。「兄」は「兄」で別の検査室がある。こちらに立ち入ることは呼ばれでもしない限りないはずだ。
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