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第44話

「つーか検査に時間かかりすぎだろ。いい加減コイツ返してくんねぇ?」 「返せなどと……2番は物じゃない」 「番号で呼んでるヤツに言われたくねーよなァ?」 話しぶりからしてリンに声をかけているのだと分かるが、声を出していいものかと判断に迷う。 「測定中の2番に話しかけるな!」 とうとう研究員のうちひとりが痺れを切らしたのか、声を上げる 「めんどくせー。じゃあ見てるだけ?なんでオレ呼ばれたワケ?」 それから彼は、パイプ椅子を取り出し腰掛けた。 見てるだけも退屈なのか、ガタガタと椅子を揺らして遊んでいる。しかし意外にも、言われた通りもうこちらに話しかけてくることはなかった。いつも通り、職員のことなんか無視していいのに。 ロウに話しかけられていた方が、無機質な映像を頭の中で再生するより楽しい。 それに、見つめられるだけなんて、どうすればいいのか分からなくなる。ただ測定されるためにじっとしていればいいんだろうとは思うけれど、彼に見られているのだと一度意識してしまえば落ち着かない。 どんな顔で見ているんだろうという疑問と、自分は変な体勢を取っていないだろうかという不安。それは泡のようには簡単に消えてくれない。 「値、上がっています」 その言葉に、ロウをこの部屋へ呼んだ意味が分かった気がした。リンの感情値が変動している原因は、確実に彼だと思われている。 「ここへ来て実の兄以外との、初めての接触ですからね。無理もないでしょう」 「しかし、このままではせっかく記録を出していたのに……」 「単純な要因で跳ね上がる数値を結果扱いしても仕方ありませんよ」 自分の感覚すべてが鋭敏になったかのように、職員の小声すらも聞き取れた。話の内容からして、やはり自分の推測は正しかったのだと分かる。 自分も当事者のくせに、ロウは噂されているのを知ってか知らずか、ふっと笑った。 本当に?彼は自分のことを笑うような人間だった? 分からない。職員相手に皮肉な笑みを浮かべているのかもしれない。もしくは、「しょうがねぇな」と苦笑いで、でもリンを突き放しているわけではない笑みかもしれない。しかしその考えもまた、思い浮かべると同時に考えすぎかもと思う。当然だけれど、リンでは声だけ細部まで読み取れるはずが無かった。 今、彼はどんな顔をしている?顔が見たい。そして彼の考えていることが知りたい。そのためには、自分の体に無数に付けられている管を外さなければ。今の自分では、自由に視線も動かせない。 視線――その言葉を浮かべながら、思考はまたとっちらかっている。ロウの視線は自分に向けられているのだろうか。 今まで、兄以外に、見られていると思ったことはなかった。この施設でも、生家でも、誰も自分に興味を持たなかった。じっと見つめられているかもしれない。しかも、彼に。そう思うと、慣れない感覚に襲われ、体温が一気に上昇する錯覚に囚われた。
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