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第47話
「リンさんは、考えなくていいことです」
セトは背中を向け、職員たちにも言い聞かせるように話す。
「2番と5番が「兄弟」になることは、施設の出資者の希望でもありました。ですから、私たちの意向でどうにかできるものでもありません」
その理由は初めて知った。出資者のことは何も知らないが、実験と称して場を掻き回して楽しんでいるのかもしれない。
セトに諭された職員たちは、複雑そうな顔をしている。やはり彼らの実験は、リンの感情が揺らいだことで後退を示した。
たかが人ひとりとの出会いで崩される成果なんて、磐石じゃない。投薬なり教育なりで、より強力な感情の移行や喪失が必要となる。その成果を得られただけで、ただ兄との日々を過ごしているよりは、ある意味実験の失敗も成功の内だと考えていいんだろうが……。
もし、出資者とやらの考えが変わったら?実験で良い数値を示さない、ただの「兄弟」ごっこなんて終わりだと言われたら?
施設の組織図や将来的な目標という大仰なものを、リンは微塵も知らない。それでも分かることがある。検査の時に思い描いたことと、機械の数値が上がる音が、頭の中で重なる。
その時、自分はここにいる意味を失うだろう。どれほど検査をしても成果は出ないのなら、被験体として施設に留めておく意味もない。かつてなら何も思わなかったかもしれない。身内以外誰にも興味を抱かず、誰にも興味を抱かれないちっぽけな自分が、ただ処分されるだけだから。けれど、今は……。
それでロウに会えなくなることが、たまらなく嫌だった。恐れにも似た感情が浮かびすらした。
今みたいに、一緒にご飯も食べられない。声も聞けない。頭を乱暴に撫でられることもない。
せめて成果を出し続ける被験体でいれば、感情を移す時だけは彼に会えるのだ。そして一時感情を移し終えてしまえば、会えて嬉しいなんて気持ちもなくなる。検査でいい結果を出せるだろう。
これが、感情のある今のリンがとった選択だった。
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