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第56話

飲んでいる薬は、「兄」と「弟」で少し違う。 体液を摂取した方に感情が移るようになるという作用は同じだが、受容体を増加させて感情を受け取りやすくする方、減少させて感情を渡しやすくする方に別れていると聞いたことがある。でなければ、口づけで互いの感情が行き来し合って、収集がつかなくなるからだ。 研究員は震える手で、リンに薬を手渡した。いつこちらが拘束されるともわからないから、ナイフは下ろさない。片手で受け取った包装紙を破き、錠剤を取り出す。 何錠あるか数えていられないそれを、ざらざらと一気に口に放り込んだ。水なんてあるはずない。噛み砕いて飲み込む。そうすることで効果は薄れるかもしれないが、少なくとも薬がないよりはマシなはずだ。 呆然とする彼付きの職員と、自分を静止しようとするセト。彼らを後ろに、伸ばされた手は振り払い、ロウへと近づく。動悸がするのは、薬に即効性があるからなのか、自分の感情が昂っているからか。 俯いたままの彼の腕を掴むと、視線が反射的にこちらに向いた。そうだ。僕を見ろ。アンタの内にある感情は、アンタと僕だけのものでいいはずだ。 逃げられないように、背伸びをして叩くように両手で頬を包んで口づける。血の味なんて構ってられない。驚いた彼に突き飛ばされる隙すら与えたくなかったから、めちゃくちゃに口内をまさぐった。 早く。体液を。彼の感情を。それだけを祈るように願いながら、貪って飲み下してを繰り返す。 ぐちゃぐちゃになった感情が流れ込んでくるのは、初めての感覚だった。当然ながらそれは記憶とも紐づいていて、見たこともない景色が脳に何度も点滅する。 薄汚い路地裏。小さな部屋。豪華な調度品のある屋敷。そしてリンのいる施設。無作為に、順不同に、滅茶苦茶になった彼と、顔も知らない赤の他人を形作っているはずのものが流れ込んできた。 リンは願い、選択する。その中から、彼の瞳と同じ映像が映せるようにと。
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