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第57話

少年は、寂しさという感情を知らなかった。生まれた時から、ずっと独りだったから。ただ漠然と、家族が欲しいと思っていた。 安心して帰る家。人のいる気配に包まれながら眠る部屋。自分に名前をつけて、何度も呼んでくれる親。そのどれもを、少年は生まれた時から持っていなかった。 ロウという名前さえ、施設に来てから、出資者という男の気まぐれで付けられたものだった。それも直接呼ばれたわけじゃない。「まるで痩せ細った、群れを離れた狼だな」。そう戯れに口にされた一言から、施設の職員たちが決めただけ。非検体番号となんら変わりはない。 少年は、欲しいと思ったものが与えられる環境にいなかった。 物心ついた時には、生臭いごみと、すえた人間の匂いが混ざり合う、薄汚い路地裏に膝を抱えて座っていたのだから。 その場所が貧民窟と呼ばれていることは、後に施設に来てから知った。名前も分からない薄暗い場所は、小さな少年にとっての「世界」だった。 父のことも母のことも、何も知らなかった。ただ、少年が座っていた路地にはいくつかの古びた娼館が建てられており、母はそこで客を取る女のうちの誰かなのだろう。 首に痕がついていたり、胸に刺し傷のある女、動かなくなった女たちが裏口から運ばれてきて、布に包まれて少し離れた空き地で山になる。その数日後に、山からは虫が飛ぶようになり異臭がし始める。 そんなことが月に何度もあったから、やがて少年は、母はもしかしたらあの山の一員になったのかもしれないと思うようになった。動けないのなら、自分と一緒にいなくても、自分に名前をつけてくれなくても不思議はない。 何度か山の中から母を探してみようと近づいたことがあったが、悪臭と黒い羽虫に阻まれ、途中で諦めた。空腹で体が動かなかったということもある。 それは、少年が初めて触れた死だった。
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