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第59話
名前のない彼がたどり着いた場所では、餌をくれる大人など存在しなかった。
それどころか、歓迎の雰囲気なんて微塵もない。彼を受け入れる、ここにいてもいいと言ってくれる大人はいなかった。
持っていない者ほど、他者に厳しくなれる。それは余裕がないからだ。
少年が新たにたどり着いた場所では、誰もが窪んだ目をぎらつかせ、数少ない自分の寝場所を取られないよう必死だった。
かつていた場所の雰囲気が、ねばついた、肌に纏わり付くような不快さだったとすれば、ここには肌をひりつかせる、針で刺すような痛みがあった。
それからの少年の日々には、今まで以上に暴力が付き纏った。
殴る、蹴るは当たり前。身包みを剥がすためにそうされることもあれば、出ていって欲しいからと振るわれることもあった。
動けなくなるほどに腹を蹴られた時、あの人たちの言う「出ていけ」は「存在ごと目の前から消したい」ということなんだと理解した。
やがて少年自身も暴力に染まった。最初は自分の餌である生ごみを奪おうとした男に噛みついて逃げた。次に服がぼろぼろになって着られる形状じゃなくなったから、自分と同じ体格の少年から奪うために鼻っ柱を殴った。
そんな場所だから、寝ているだけで人は暴行の対象になる。弱ければなおさら。やがて少年は上手く眠れなくなり、濃い隈と傷だらけの体だけが残った。気を失いそうになると、手に爪を立てて血を流した。喉が渇いていればその血を飲んだ。次に目を閉じて眠りに落ちてしまえば、二度と目を覚まさないまま死んでしまうんだと恐怖した。
そんな夜を何度越えた頃だろうか。ひとりの少年から声をかけられた。「大丈夫?」と。
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