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第65話

アルの家には一度呼ばれたことがある。小さな家だった。けどあの地域のものとは全然違う。 煉瓦が積み上げられ、ところどころ空いた穴には透明な板がはまっている。学校で配られた窓というやつを、この時初めて見た。いつも見る建物は、ただ穴が空いているだけだった。 彼の家に来たのは、寒くなって外では夜を越せないと思ったから。夜はいつも彼の母が建てた学校と呼ばれる小屋で、古い毛布を被って丸まって過ごす。それがどうしてか、その日に限っていつも意地悪してくる少年たちに追い出されてしまった。 「……今日だけは許してほしい」 彼らではなく、小屋の外にいたアルが謝ってくる 「あの子たちの家は、燃えて無くなっちゃったみたいなんだ」 組織とか自警団と言われても、自分にはピンと来なかった。ただ大人の集団が喧嘩をして、家を爆発させたり燃やしたりしたんだということだけは理解できた。 そういえば、彼らは自分を学校から追い出す時に、泣きながら怒っていたように思う。あれは悲しいという感情だったのだろうか。 アルに連れられ、彼が暮らしているという家の中に入ると、見たことの無いものがたくさんあった。靴を脱がずに歩ける床というものも初めてだ。 棚に小さな木彫りの人形がある。なんだろうと思って触ろうとすると止められた。 「……どうしてだめなの?」 「それは神様だから」 神様とは、初めて聞く言葉だ。偉い人なのだろうか。 「えっと、この国には、海と山と川があって、そこをおさめている偉い存在。神様がいるからこの国は外国に侵略されないし、みんな生きていられる。ほら、食べ物も海や山や川からとれるし。君の好きなお肉だって」 「神様が恵んでくれるから生きていけるの?」 恵み、という言葉に彼は目を丸くする。そして、髪をくしゃくしゃにするように撫でてきた。「よく知ってたね」と。ろくな知り方じゃなかったのに。 「そうだよ。食べ物は全部神様のもので、自分たち人間はそれを恵んでもらってる。神様が許してくれるから、幸せにくらせるんだ」 「ふーん……」 じゃあこの人は(人と言っていいかは分からなかったけど)全部持っている側だ。おまけに、許す許さないで人間を支配しようとする。 「じゃあ許されてない人もたくさんいるんだ」 だって、自分はろくにご飯を食べたことがなかった。なのに生きろとぽんと道端に放り出された。
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