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第67話

貧民窟といえど、金持ちは多く訪れる。春を売る女を後腐れなく買うためだったり。偽善を掲げて行動する時だったり。 アルとはつかず離れずの距離をとって数年が経っていた。少し大人にはなったけど、まだ飲み込めるような距離じゃない。 一緒に授業を受けていた子供たちもまだここにいたり、組織とやらに入っては銃を振り回し、屍となって呆気なく空き地に積み上げられたりした。 その中で、自分と彼はずっと同じ場所で生活をしている。用事があれば話すし、なければ話さない。家に呼ばれることももうなかった。 あれは、冬も終わりかけてきたそんな時期の出来事だった。刺すような空気は柔らかくなってきたけれど、まだ建物の角に雪は溶けずに残る。そんな季節。最近はずっと曇っているから、まだまだ雪が溶け切るのに時間がかかると思えた、そんな矢先。 その日、自分は雪の重みでひしまがった天井代わりの板を直していた。といっても、代わりの板なんて運がよくないと見つからないから、せいぜい継ぎ接ぎのボロ布を被せるだけだ。それはだいたい、少しだけ背の伸びたアルか自分、どちらかの仕事だった。 「そろそろおしまいにしなさい」 教師兼アルの母親が声をかけてくる。その声は少し強ばっていて、授業の時以上にぴしゃりと冷たい物言いになった。それもそのはずで、今日は貧民窟の外から視察が来る日だからだ。 それが金持ちが訪れる少ない機会のうちのひとつ。それもろくでもなくはない理由の方で。
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