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第69話
「困ります……っ!」
彼女の声はやけに響いて聞こえた。それでも声はなんとか抑えているであろう吐息混じりのそれだったし、きっと隣の部屋で子どもたちといれば何も聞こえなかった。
「引き取るのなら若い者から。分かってもらえてると思ったんだがね。あの子どももここにいた記憶などなく裕福な家で生まれ育ったと思えた方が幸せだ」
子どもに恵まれず、ちょうど跡取りをほしがっている名家がいるのだという。生まれを問わず優秀な者を、そして都市部を巡っても該当する者がおらず、ここに白羽の矢が立った。
「そのことは理解しています、ただ、もうひとりは私の息子で……」
「ああ、優秀な息子さんだ。立っているだけで人目を引くとでもいうのかな」
だから男自ら引き取り、教育機関に通わせ、ゆくゆくはなんらかの事業の秘書にする予定だと言った。
「あの子は……っ、他の子と違い、ちゃんと家もあります。私という家族もいるんです……」
「だが、都市部で教育を受けられるほどではないだろう」
はっと息を飲む母の思いになど気をやらず、男は続ける。もう決めたというように頷きながら。
「振る舞いも受け答えも、実にはきはきとしていてよかった。なのに高等教育を受けられないのは国の損失と言っていい。なに、息子さんの将来は私が約束しよう」
「あ、あの子と同い年の子ならもうひとりおります!物静かな子で、授業態度にも問題はありませんし、息子と得意不得意は違いますが、総合成績も同じくらいで……」
「ああ、あれは駄目だよ」
駄目といわれたことに腹は立たない。彼と比べてしまえば、この掃き溜めにいる人間はほとんど「駄目」だから。
胸を深く抉るような心地になったのは、「あれ」と言われたこと。そしてその後の言葉だった。
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