70 / 149
第70話
「傷のある子だからね」
それが暴力の跡だから。きっと素行の悪い子だと推測できるから。そう言い訳してくれればまだ救いはあったかもしれないのに。
でも彼らは、ここに言い訳を必要としている人間がいるなど思いもしない。ただ、上品な場所で着飾るには見てくれも重要なのだと、どうしようもない事実をつきつけられた。喉から呻きとも嗚咽とも似た何かが漏れそうになる。強いて言えば吐き気だろうか。
「あの、ですが……」
彼の母が食い下がろうとする。止めてくれと言いたかった。そんなことされたら自分が、そして自分と似た立場の子どもが余計に惨めだと。
そう叫び出してしまいたい口元を抑えるのに必死だった。壁に持たれるつもりが倒れ込むようになり、がたりと音がする。何しろ不安定でボロい建物だから。
男はしまったという顔すらしない。彼女の方は……戸惑う瞳が訴えていた。どうすればいい、と。
「……アイツに聞けばいいだけだろ。結局決めるのは全部アイツだ」
アルは持っている者の側だから。呟くように言うと、彼女の唇が震えた。さっきの自分のように。何かを叫びたいけど、それは叫ぶ訳にはいかない言葉。
アルに話を聞くという結論を出して、また来ると男は部屋を出て、帰って行った。その背を見送った直後、彼女はその場で崩れ落ちた。そして訳もなく、誰を相手にする訳でもなく泣き出した。アルは部屋に戻ってしまって、彼女の独白を聞いているのは自分しかいない。
「ここにいた頃、それはもう必死だった……お金を貯めて、ここを出ていくために……売れるものはなんでも売った。自分だって。言えないこともたくさんして、それでようやく掴んだ幸せだったの。都市部に言って、初めて好きな男もできた……」
しかし相手は彼女が貧民窟の出だと知って彼女を捨てた。彼女に残ったのは、なんとかすがりついた郊外の末端教師という職。都市部と貧民窟の間にある古い一軒家。そして、相手の男に似たできのいい息子。
「やっと掴んだ幸せだったの……っ!」
彼女はそう繰り返し言う。それが息子である彼のことを指しているのだとは、なぜか思えなかった。
ともだちにシェアしよう!

