77 / 149

第77話

一人で十人程度は殴り倒せたものの、結局は多勢に無勢だった。囲まれて捕まったら終わりで、ほどなく手錠をかけられ車に乗せられ、山奥の真新しい、不気味な施設に連行される。 「火事場の馬鹿力であることを考えても、野蛮な存在だ」 「しかし薬中でなかったのは朗報だ。実験に使える子どもが一人増えた」 手錠だけで、耳も口も塞がれることはなかった。にも関わらず、自分を捕まえた人間はぺらぺらとよく喋る。「聞いても差し支えない」と判断したからだろう。自分を何も知らない馬鹿だと思ってる。だから口を出すことも、話を聞いて理解することさえできまいと。 そんなコイツらこそ何も知らねぇだろ。馬鹿は馬鹿にされるのが一番嫌いなんだよ。 聞いているという意思表示を込めて、暴れてみる。手錠で手も足も椅子に繋がれてる。さすがに引きちぎれず、鎖が音を立てるだけだった。 「戦闘能力という点を思えば、「弟」が適任でしょう」 「弟……ああ、被験体の組み合わせを「兄弟」と」 「ええ、先に売られてきた一番と二番が実の兄弟であったので、今後対を組む二人は「兄弟」と便宜的に呼ばれそうです」 彼らはこちらには構わず話を続ける。 「二番は表向き無感情に見えますが、値はそれほどいい数値を出していないので」 「ここで実験の対象を追加というわけですか」 「ええ、「弟」となれば怒りの感情も湧かない。先程のように職員が無駄に暴力に晒されずに済む」 そこで新しい足音が混ざふ。どうやら別の人間が入ってきて、耳打ちをしているようだった。 「出資者が、彼を「兄」側に……?」 「明らかに適性はないはず……」 「しかし出資者からの要望ですから、施設長も断りづらいでしょう」 「一体どうして……?」 「どうも彼を手元に置いておきたいらしいようで……できるだけ長く」 「だから「兄」と……「兄」の末路なんてわかりきっているだろうに」 兄弟だか何だか知らないが、どうも自分を使い倒す気らしいというのが分かった。そんな彼らの話は聞いているだけで胸糞悪いし、煮え滾る思いが渦巻く。お前らは持っているくせに。次は何も持たない自分の唯一の持ち物である命まで奪おうとする。 「……なぁ」 猿轡を噛ませられなかったのは幸いだった。近づかなければ噛みつかれることもない、その辺の椅子に縛り付けておけば大丈夫と判断したのだろう。 「……そこの、オレを舐め腐ってる奴ら」 一度声をかけただけでは反応がなかった。ので悪態をついてみる。今はもうぼろぼろにされてしまった、自分が住んでいた場所。あそこでは、たいてい煽るような一言を吐けば多くの男が殴りかかってきた。 しかし目の前の奴らは殴る蹴るとは無縁らしい。自分の手を汚したくないのかする度胸がないのか。どちらにしても意気地無しには変わりない。 「「兄」だとか「弟」だとか、オレ、どっちでもいいんだけど」 あったのは、お前らの思い通りになってやるもんかという単純な思考だけ。それに怒りと、もうどうにでもなれという自暴自棄が混ざる。徹頭徹尾、自分の人生なんて最悪なのだからと。 「だから、両方やってやるよ」 明らかに適性がないと言った「兄」をやって、ずっとこの施設に留め置かれてなんかやらない。「弟」として外に出て、暴力を振るう。 それでいいと思った。気に入らなきゃぶん殴って壊す。気に入ったら遊んで壊す。どうしたって何かがオレのものにはなることはない。だったら好きにするだけだ。

ともだちにシェアしよう!