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第78話

そこからの日々は、リンが聞いていた噂と大差なかった。 最初は慣れない薬に吐き、移された感情に吐き、「仕事」で傷を作った。それでも彼にとっては何でもなかったのだろう。毎日3食食べられるし、ゆっくり寝ることができる。体も痒くないし、服は申請すれば何枚ももらえた。申請して受け取った後、感情に任せて破いていたらさすがに怒られたけれど。 彼を傷つける記憶が再度現れ始めたのは、「弟」ができてからだった。 彼は短期間で何度も「弟」を変えた。数多くの「兄弟」がそうであるように、「仕事」に失敗して失ったのだろうとリンは思っていたけれど。 彼が「兄」になったのは、5番目。施設にやってきた少年たちは今ほど多くなく、幼く、薬も上手く作用せず、感情を移す前に家に帰りたいと火がついたように泣き喚く者が多かった。他に人もいないから、彼にも当然そういった「弟」が宛てがわれる。 「兄弟」だと、仮初とはいえ「家族」だと連れてこられた者から、何度も拒絶された。彼は家族でも兄弟でもなんでもない、見知らぬ年上の人間に過ぎないと。今さら家族ができるとも思っていなかったのに、胸の奥深くに沈み込めた重石のような期待が、拒絶される度わずかにごとりと揺れる。 「弟」たちは、口づけによる体液接種どころか、彼が手を取ることすら拒んだ。しかしそれでは実験にもならないから、無理やり抱き寄せて肩口に噛みつく。その行為に頭が追いつかず、怖がり、何度も「怖い」「意味分かんない」「こっち来ないで」と泣かれた。 そんな弟たちが壊れるのは、決まってふたりともが「仕事」をした後だった。誰かも知らない人間の命に終止符を打つ「仕事」の後、「弟」たちは決まって調子を崩す。眠れない。吐き気がする。震えが止まらない。殺した奴が死体になって追いかけてくる。そしてぶつけようのない感情を、怒りか恐怖、拒絶として、泣いたり「兄」に八つ当たりしたりする。 そんな彼らの感情を自分に移す。次第に目は怯えに揺れることも無くなり、やがてはこちらが浴びた返り血を認識する。しかしまた別の感情が浮上し、「人殺し」だの「助けて」だの再び叫び始める。 何度も拒絶が繰り返されたし、移されるのは負の感情ばかりで彼も参っていた。だから指さして「弟」に事実を告げる。 「お前だってさっきやってきた「仕事」だろうが。」 そう言うと「弟」に再び感情が湧く。しかしその感情の名前を彼らは分からない。すっかり移しきってしまった後だから。未知の感覚に振り回され、取り乱し、彼らはみんな、勝手に入ってきた施設の職員たちに運ばれていく。 そして、次の日には別の「弟」が宛てがわれることが彼らに知らされる。みんな「家族」になる前にどこかへ行ってしまうので、壊れて捨てられたのだと思うことにした。

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