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第81話
肩に手をかける前に彼が振り返り、躊躇いなく拳を振るってきた。すんでのところで避けると、視界の端で金糸が揺れる。「標的」が金髪であることに、嫌な予感が頭をよぎった。
「……君が政府の「死神」かい?」
「なんだ、そのだっせー名前」
「僕らの間で噂になっていてね。政府は薬物実験で身体能力を強化した人間を、不穏分子の処分に向かわせていると」
「……とんだファンタジーだな」
相手は聞きなれない単語に目を丸くする。そうか。幻想小説なんてもはや遺物だった。この国がまだ他の国と国交があった時代の遺物。今では民衆にいらぬ思想を植え付けるとかで、禁止されているんだっけか。
「言っとくが、オレひとり殺ったところでどうにもならねぇぞ」
顔さえ割れてしまえば、あとは「弟」が何とかするだろう。
「君は替えのきく存在なんだね」
「そんなの、誰だってそうだろ」
そもそも、存在として数えられているかも怪しかった。子どもの頃からずっと、戯れに玩具として数えられるか、数えられず建物ごと吹き飛ばしても問題ないとされるか。そんな人間が、たまたま生き残ってここにいるだけだ。
自分だけの生きる意味なんてあるはずもなく、ただ自分にできることを考えて生きてきた。
「それは……寂しいね」
同情するような相手の視線に苛立ちを覚える。そして感情にかまけて油断していたのだと思う。
「お前だって捨て駒じゃねぇのかよ?ひとりでこんな場所に放り込まれて、死ねって言われてるようなもんだろうが」
「僕は僕の意志でここにいる。ここで殉職しても、同志の中に意志は遺り続ける」
「何意味わかんねえこと言ってんだよ……」
死んだら全部おしまい。そんなの死体の山を見た時から嫌というほど知っている。それを理解していない相手に苛立ちが募る。
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