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第82話

「……そうか。君には分からないか。無理もない。何も知らないままつれてこられて、実験体として薬漬け。同情するよ。だからと言って譲る気はないが」 相手は拳銃を構えている。表向きは平和を謳い、鎖国に勤しむこの国で、民衆が手に取れるのは猟銃程度。ならばあれは、海外からにしろ政府からの略奪にしろ、密輸で手に入れたものだ。 そして、彼は明らかに戦い慣れていない。戦闘意欲はかろうじて感じ取れるが、それ以上に育ちの良さがよく滲み出ている。ナイフの間合いに入っているこの状況で、銃を取り出しても遅いというのに。 「君のような者を救うのが、僕らの意志で、使命だ」 「見下して良い子ぶってんじゃねぇよ。オレと対等になんてなれやしねぇくせに」 同じ場所に降りてくる覚悟もないくせに。こっちを同じ人間だなんて思いもしないくせに。 切りかかるまでは一瞬だった。彼の血液がロウに付着してしまったのはその瞬間か。それとも、その後の爆発で吹き飛んだ彼の上半身からか。 吹きあがった炎に目が眩む。崩れ落ちる瓦礫が、かつてのようにびりびりと鼓膜を鳴らす。 最初から彼は囮だった。ひとりの犠牲で、こちらの戦力をできる限り削るための。 ぺらぺらと話していたのは起爆までの時間稼ぎか。容易に予想できうる作戦だったのに不用意にお喋りに乗ったのは、一般人を傷つけない彼らの組織が、ましてや仲間を殺すはずがないという油断ともとれる思い込みか。違う。頭に血が上っていたのだと思う。彼の金髪が、言い草が、あまりにもアルと重なったから。 目の前に瓦礫の雪崩が起こる。直後に爆風。すぐに飛び退いたつもりだったが、服が肌に張り付いてひりつく。配置された警備員が何人も埋もれていた。 「……っ!」 あの時のことを思い出す。学校ともいえないほどの小屋が、人間ごと崩されたあの時を。 嫌な汗が血に混じって額を伝う。思いっきり拭う。口の中を切ったのか、鉄の味がする唾を思いっきり吐き出した。目かあるいは口から他人の感情が入り込む。そんなの汗の不快感と比較すればどうでもいいとすら思った。

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