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第91話
もしかしたら、セトが戻ってくるかもしれないから。そう言って、方向を変え、また別の場所に向かった。廊下の先も見えない暗闇なのに、怖くはい。
たどり着いたのは、本棚と机と椅子がある小さな部屋。といっても自分たちの部屋ほど簡素なものではなく、椅子は革張りだったし机は硝子製、棚は扉以外の四方をぐるりと囲むように配置されていた。偉い人が向かい合って話す部屋みたいだ。
「「兄」の方が、部屋に鍵がついてるくせに「弟」よりよく脱走するんだよ」
こんなところにいられるか、という憤り。こんなところにいたら何されるかわからない、という不安。感情があるからこそ、籠の鳥になりきれないのが「兄」なのたとロウは言う。
「「弟」は?」
「そんなの、リンの方がよく知ってんだろ」
かつてのリンには、出ようという感情がなかった。そんなこと考えもしなかった。
じゃあどうしてロウは、自分は、今こうして廊下を歩いているのだろう。
「お前の部屋の鍵は壊しといた。この施設はいうほど設備が整ってるわけじゃない。扉が自動なのは「兄」の棟だけで、「弟」の部屋は貧相なもんだ。文句が出るとも、脱走ができるとも思われてないからな」
「じゃあロウの部屋の鍵は……」
「そっちも壊した」
「でも、誰かが直すでしょ?」
「そしたらもう一回壊すんだよ」
直しても金の無駄だと思わせる。ヘンケンを逆手にとるのだと彼は言った。
おかしい。自分たちは代わりのきく被験体。そんな横暴がゆるされる前に「処分」されている気がする。実際に「処分」された番号の者は知らないから、ただの噂かもしれないけど。
「ロウは、なんでそれが許されてるの?」
「……父親が、この施設の出資者だからだ。ま、噂だけどな」
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