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第93話

ロウが誰かに身の上話を聞かせたのは初めてのことだった。 椅子に座りながら、リンの方をちらりと見る。何気なしに本棚を眺めているだけのように見えるが、彼の頭の中ではいろんな考えが渦巻いているんだろう。 生まれたばかりの感情をリンはよく自分に見せてくれる。その様が本当に、書物で読んだだけの「弟の成長を見守る兄」のような気分にさせてくれて、心地よかった。 「……僕には、何も身になることは言えないけど」 考えに考えた末、リンがようやく口を開く。それでいい。それがいい。変に憐れみを向けられるのも、安易に同情されるのも、特別扱いを羨まれるのも、自分の求めている対等とはかけ離れている気がしたからだ。 それだけでも、自分の身には十二分すぎる反応だ。そう思っていたのに。 「僕が家族だったらよかったのにって思った。突拍子のないことだけど」 特別な意味もないのだろう。けれどもっと欲しがってもいいと言われているような気がした。人を傷つけて、罪ばかり犯して、どうしようもない自分なのに、感情を覚えたばかりの、無垢な「弟」のまえでは、赦されるような気さえした。 「感情を移せば、その父親かもしれない出資者みたいに真意が読めないこともないし」 そして、そんな自分を隠すように、「その方が効率的だし」と付け足した。 効率を求める言葉に、甘えのような心が乗っていると思うのは、自分の思い過ごしだろうか。 「どうしたの?そんな驚いた顔して」 無意識に開いていた口を閉じ、手で覆いながら俯いた。暗闇だからはっきりとは見えないだろうが、きっと見られたくない顔をしているから。 「……もっと、ずるいとか何とか言われるかと思ってた」 不幸な被害者ぶっていながら、ここでは誰よりも恵まれていると。名前も知らない職員にそう言われたのも一度や二度ではなかったから。 「別に。この辺を歩き回りたいと思ったことなんてないし。本棚いっぱいの本なんて、すぐに読める気がしない」 「ああ、そういえばお前、少女漫画も読むの遅かったもんな」 緩んだ顔は見られたくない。でも妙に彼に触れたい。立ち上がって傍に行く。自分の方を見ようとするものだから、上から乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた。

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