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第95話

リンの血の繋がった兄に会ったことがあるか。 そう聞かれてロウは上手く答えられなかった。もっといえば、言いたくなかったのかもしれない。 彼とは、正確な対面を果たしたことはない。施設の中ですれ違うこともあったかもしれないが、あったとしても記憶の遥か彼方のことで、特筆すべきことはない。基本、彼は自室に閉じこもっているから。 ただ、ロウがはっきりと覚えているのは、施設の中で声を聞いた時のことだ。それも、一方的に。 あれはロウがこの施設に来たばかりの頃。というと、彼らも同じだろう。二番と三番と五番に、それほど入所時期の差があるとは思えなかった。 しかし当時のロウはそんなことを知るはずもなく、小汚い格好で、廊下に蹲っていた。 勝手に洗っていいものか分からなかった、何日も着っぱなしの服を、冷や汗がじっとりと濡らしていく。口を開けば真っ白な廊下に汚物をぶちまけてしまいそうで、歯を食いしばってたえていた。 この日は、実験的に組み合わされた「弟」の感情を、初めて飲み込んだ日だった。 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。 他人の感情というのは、全てこうなんだろうか。 寂しい。 お家に帰りたい。 施設の人たち、優しくて好き。 今日のご飯は何かな。 寂しさはまだ分かる。郷愁も、自分には無縁に近いが、心の底から安心できる場所に帰りたいという想いを抱いたことがないとはいえない。問題は、それ以外の感情だった。 優しさとか、楽しみとか、そんなもの、ロウはとうの昔に忘れてしまって、自分とは離れたところにあるものだと遠ざけていた。 少なくとも、そんなふわふわした温かい感情を抱いていては、あの場所では誰かに搾取され捨てられるだけだ。だから感情の方を自分は捨てた。 それなのに、今さら、他人を介して戻ってきたところでどうしろというんだろう。 もはや理解できないそれは、気持ち悪い正体不明の何かとして脳を蝕んでいき、立つ気力すら失せさせた。

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