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第96話

小さな窓から僅かに取り入れられ、廊下を四角く照らす陽光すら今は煩わしい。開かれたそこから、幼い子どもの声が聞こえてくれば、なおさらだった。 「お兄ちゃん、あのね」 弾むようなころころとした声。少し浮かれた様子と落ち着きのなさが、声だけでも伝わってきた。 ここまで感情を滲ませるということは、彼らは一日や二日で兄弟になったわけじゃないんだろう。話しかける言葉ひとつひとつに、気心の知れた相手特有の距離の近さがある。 「今日はね、「しごと」の訓練だったよ」 「大丈夫?怪我はなかった?」 「うん。もうちょっと手が大きくなって、かんじょうのすうじ?が下がったら、武器ももらえるんだって」 この施設は、子どもに汚れ仕事を指示するというろくでもないことをしている。声の主はそんなことにも気づかず、心配する兄をよそに無邪気に報告を続けた。 「ぼくがお兄ちゃんを守るからね」 ああ、いいな。 この施設に来て初めて、ロウそんなことを思った。先ほど、慈悲や好意といった感情をまともに食らって、吐きそうになっていたというのに。 彼らはきっと、本物の家族で兄弟なんだ。ずっと、自分が欲しかった関係を、当たり前のように築けているんだ。 冷や汗は引かないが、いくらかマシになったような気がする。へたりこんだまま、壁に背を預け、窓を見上げた。歯を食いしばっていた口元は、自然にほどけた。 立ち上がれるようになったら、一瞬だけ、窓の外を見てみよう。兄弟ふたりが無邪気に戯れる姿は、きっと綺麗なものだろうから。 そう思うと同時に、その美しさは自分には無縁だろうなという、諦めに似た想いもあった。 ならば、せめてと、心の中に抱いたことすらない気持ちが芽生える。 あのふたりが、ずっとあのままで、綺麗なままであればいい。 こんなクソッタレな施設じゃ、それすら難しいことも分かってはいるけれど。

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