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第97話

それからしばらくして、施設の職員たちがロウのことを噂するようになった。珍しく機嫌がいい日だったからだ。 「五番のやつ、鼻歌なんか歌ってるよ」 「上機嫌なのが余計に気味悪い。また暴れるんじゃないか?」 「だからこうやって見回りの回数が増やしたんだろ」 廊下を歩いていると、たまったもんじゃないと言わんばかりの不機嫌な声がここぞとばかりに聞こえてくるが、自分は気にならない。どうでもいいが無遠慮な蝿くらいにはうるさかったので、部屋に戻って鼻歌の続きを歌う。 普段はこうはいかなかった。受け取った感情によってはひどく人目が気になる。次第に食事も食堂ではなく自室で取るようになった。 こんなに清々しい気持ちでいられるのは久々だった。先ほどまでは、移された慣れない感情と壊れていく「弟」に振り回され、狂乱状態といっで差し支えないほどだったのに。 全部、彼ら兄弟の噂を聞いたからだ。 彼らはやはり実験で組まされた関係ではなく、実の兄弟だという。そして自分より若い番号の彼らといえど、出自は自分と同じかそれ以上に扱いづらいものらしく、実験へ進むのに躊躇していた。 しかしそれももうすぐ終わりで、両親ともに彼ら兄弟を好きにしてくれと言っているらしく、本格的な参入が決定された。兄弟という例として実験を受けるのか、それとも兄と弟はばらばらになるのか、そこまではロウにも分からなかった。 でも、あの兄弟が、兄弟という関係のまま、美しくあればいいと思う。 もしそれが実験の都合上難しいというのなら、彼を自分の「弟」にしてはもらえないだろうか。何も知らないまま兄を守ると言いきってみせた、無垢でひたむきな「弟」に。壊れることのない、ずっと家族でいてくれる弟に。

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