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第98話
ロウの部屋にはまだ投げ捨てられた本が散らばっている。
感情を移された後や「仕事」の後は、いつも気づかないうちに嵐が過ぎ去ったような部屋になっていた。ぐちゃぐちゃになった感情は、よく行動として表に表れ、部屋を荒らした。
それだけならまだマシな方で、通りすがりの職員の胸ぐらを掴んで殴ったり、廊下の壁に穴を開けたこともある。しかも、やったことは記憶として本人の中に残っているのに、どうしてそんなことをしたのか、理由と感情を上手く説明できる気がしなかった。
そんな自分のことを、職員たちは狂気的だとか問題児だとか話している。けれど本人に何か言うこともなく、印刷された数値と睨み合って薬の副作用がどうの服薬量がどうのと話しているだけで、こちらにかかわろうとはしなかった。
頭がぐちゃぐちゃになる度、あの兄弟のことを思い出そうと努力した。名前も知らないふたり。顔もはっきりとは見たことがない。それでも、声だけを何度も反芻する。上手くいけば、知らない内に凶行に及ばずに済む。最近では鼻歌まで歌えるくらいだ。
声を思い出せば、自分の中にも何かを綺麗だと思える気持ちがあるのだと、どれだけ他人の感情を飲み込もうとそれだけは自分のものなんだと、はっきりと断言できた。
もし「兄弟」が実験に参加して、同じ関係ではいられなくなったならーー自分の手で壊せばいい。そうすれば、綺麗なふたりは綺麗なまま残るから。
そこまで考えて、また狂気に囚われそうになったと慌てて首を振る。
壊しはしない。でも自分が利用できる全てのものを利用して、ふたりを修復できないか試みよう。
その結果、今、自分とあの弟は「兄弟」になった。あのふたりは手を繋いで陽の光の下を歩いていたが、自分たち「兄弟」は暗い廊下を進んでいく。
それでも、まだ間に合う。出会った時、心がぐちゃぐちゃになった時でも、「弟」はロウにひたむきな感情を向け続けた。兄の方も完全には狂っていないはずだ。だからまだ、なんとかできる。
そんな想いが、ロウの心をまだ、狂気から逃がし続けてくれている。
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