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第100話

今、リンの部屋の小さな机の上に置かれているのは、筆記用具と筆記帳。それと国営放送を流す機械だけ。 白閼7年9月2日。国営放送より最新情報をお伝えします。先日、我が国が誇る「寧静の塔」にて起こった爆破事故について、続報が入りました。 先の事件――リンとロウが現場に行ったあの事件については、市民の混乱を煽らないため、そして敵対組織の勢いに歯止めをかけるために、単なる事故として処理することにしたらしい。 自分たちがある意味で被害を受けた事件の矮小化について、思わないことがないわけじゃない。ただ、この程度では国はびくともしないという声明であり、意地でもあるのだと思った。 続いて、ラジオの声はこの事故へ表向きの対応策として発表された条件を淡々と伝えていく。 しかしリンは何も書こうとしなかった。それよりも、手元の小説に夢中だった。 生まれた頃からずっと一緒の双子の姉妹が、冒険する話だった。穏やかな姉とやんちゃな妹が、綺麗な世界を旅していく。 光る花が咲き乱れる花畑。水晶でできた洞窟。星空を反射する湖。 相変わらず、主人公である妹の感情の移り変わりがよく分からない。ほぼ毎回といっていいほど、姉と喧嘩をしては反省をして、仲直りをしていくのだけれど、感情の振れ幅が大きく、考えていることもころころ変わるのだ。 それでも、文字だけでも、情報として頭に取り込んでいけば理解できるのではないかと、頁を繰る手は止めない。 ――私ね、旅が好きよ。でもいつかは、どこかに家を構えたいわ。 ――ちょうど、こんな花畑の見える高台がいいわね。そこで、恋人と住んで、やがては結婚して夫婦になって、家族を作るの。 ――それでも、年に何度かは姉さんと旅をするわ。夢のどちらかしか選べない人生なんて、ごめんよ。 妹の語る理想の風景に、記憶から引っ張りだされたロウの言葉が重なる。 生まれた時から、ずっとひとりだった。 ただ漠然と、家族がほしかった。 今の彼なら、この施設から抜け出して、家族を作れたりするのだろうか。そこまで想像して、彼の家族として隣にいるのが自分ではなく、顔も思い描けない女性であることに胸が痛んだ。かといって自分で想像しようとすると、むず痒くなって上手くいかない。 もう、リンにラジオの声は何も聞こえなかった。

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