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第101話

小説を読んだ後、すぐにロウに会おうと思った。書かれている内容を理解し、何かしらの感情を抱き、それを言葉として発する。それを人は感想と呼ぶのだろうが、それだけのことが、まさかこんなにも難しいとは思わなかった。 楽しいも、嬉しいも、悲しいも、切ないも、言葉にしなければ、そして誰かにそっと渡さなければ、自分の中からぽろぽろとこぼれ落ちてしまうような気がした。それは心が持つ感情の流れとしては必然のことなのか、それとも自分の記憶が長いこと感情を留められないのかは分からない。 ただ、感想をすぐに忘れてしまうかもと思えば思うほど、早くロウに伝えたいと思った。剥き出しで不格好なそれを受け取ってもらうなら、他でもない彼がよかった。 なのに、しばらくの間、リンに「仕事」はなく、感情を移す口づけが指示されることもなかった。 ロウは何をしているんだろう。夜のささやかな散歩にも読書にも誘いに来ない。ということは、「兄」なりの立案や実験に忙しいんだろうか。 リンら自由がきく範囲に限るけれど、彼を探すことにした。自分だけだと、夜に抜け出したことがバレても上手く言い訳ができない。だから昼間の、セトがいない時。普段ラジオを聞いてメモを取っていた時間帯だけだ。 会いたいと思った時は会えないのに、ふらふらと探し始めたら呆気なく彼が見つかった。早足で廊下を歩いているので、忙しいのかと話しかけるのを躊躇う。その間にも、彼は廊下を曲がって先へと歩いていくから、見失わないようにとこっそり追いかけた。 とある扉の前で、ため息をひとつ。その扉は、自分じゃない「弟」の部屋だった。 「待って」 彼がその部屋にどんな用があるのか知らない。なんてことない雑用かもしれない。でも止めずにはいられなかった。 「なんで9番の部屋に行くの」 誰かに止められると思っていなかったのか、彼は気まずそうに目を逸らす。 「9番のやつ、「仕事」の後から塞ぎ込んでんだと」 だから、彼が変わりに感情を受け取るというのだろうか 「「兄」は?どうしてるの?」 「さぁな。施設のやつが何も言わねぇっつうことは……「兄」の方も調子悪いんだろ」 もしくは、狂ってしまったか。さすがに彼もそこまでは言葉にしなかったけれど。 「そんなの、別にアンタがする必要ない……」 「兄」なら他にももっといるだろう。どうしてわざわざ、自分と「兄弟」になっている彼が代役にならなければならないのか。 自分でも何を言ったかよく分からないが、おおよそこんな内容を彼相手に捲し立てたんだと思う。言葉を重ねるうちに、口調は責め立てるようなものになっていった。 「なんでお前がそんなに怒ってんの?」 何も分からないという風にロウは言うけれど、そんなはずない。自分より感情豊かなんだから。 「しょうがねぇだろ。施設のヤツから聞いてねぇの?お前は薬を過剰摂取して、高熱出したんだ。大事をとってしばらく引っ掻き回さいでおく。だから余った「兄」は別の「弟」の役に立てってよ」 「そんなの、どうだっていい……」 今は、自分の話をしているわけじゃないから。 「アンタが、自分以外の誰かの「兄」になるのが嫌だ」 想像していた以上に自分の声が響いて、ようやく分かる。うだうだと勢い任せに話さなくてもよかった。自分はたったこの一言が言いたかったんだ。 「なんでだ?オレ相手だと「弟」が壊れるから?」 知ってるだろと言わんばかりに自虐的な笑みを零す。視線は合わなかった。 「あんまり絡んでるところみないけどな。やっぱり「弟」同士は仲間意識ってのが……」 そんな彼を見たくないような、もっと見ていたいような、その後抱きしめてしまいたいような気持ちに駆られた。どうすればいいか分からなくなって、咄嗟に「違う」と彼の話を遮る 「今は、僕とアンタの話をしてるの」 それに同族だからとか、誰かのためとか、これはそんなちゃんとした感情じゃない。 伝えたいけど上手くできる気がしなかった。どうしようと考える前に、最近得たばかりの知識が脳裏で煌めいたんだろう。それは衝動的としか言えない行動だった。 胸ぐらを思いっきり掴んで彼を引き寄せる。それからどこへも行かせないと、自分だけを見ろと強引に後頭部を固定して口付ける。彼の方が背が高いから、どうしたって位置は唇から少しずれてしまうけれど。

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