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第106話
「仕事」で「標的」を一突き。それで済むはずが、リンには躊躇いがあり手が震え、的を外した。それでもたいてい人はしたことの無い外傷を負えば、痛みで悲鳴をあげるか驚きで現実を受け入れられず血を流し続けて倒れる。その隙にもう一度刺す。そうすればなんとか「仕事」になるはずだった。
しかし今回の相手は、刺された後、倒れ、床を這いずりながら手を伸ばしていた。何も無い宙に?違う。視線の先と指の先には写真立てがあった。
肩を抱いた写真。家族なのか……恋人なのか。
もう一度動けばいい。彼は隙しかなく、背中を刺せば動きも止まる。なのに躊躇いが生じた。彼を殺したらどうなる。彼は二度と写真の女性と会えない。女性は泣くだろう。世界やリンを恨むだろう。でもそこに怯えたわけじゃなかった。
もし自分だったら。そんな想像を、共感をリンは初めて抱いた。
もし自分が誰かに刺され殺されてしまったら、ロウと会えなくなってしまう。最後に温もりを感じることもなく、動かない写真に手を伸ばすことしかできない。
あるいは、自分が写真の中の女性の立場だったら。ロウが死体も処理され別れの言葉すらなく、突然自分の世界からいなくなる。残るのは酷い絶望だけ。そんなものを抱えて、どうやって先の日々を生きていけというんだろう。
「僕は、なんてことを……」
それも、殺そうとしたのは今日のひとりだけじゃない。多くの「仕事」をこなしてきた。それは、数え切れないほど、数多くの大切な人たちを引き裂いてきたことと同義だった。そのことに気づいてしまった途端、立っていられなくなった。視界がぐらつく。
今すぐロウに触れて生きていることを確かめたい。同時に、罪に塗れた自分たちが希望を叶えられるなんておかしいと考えた。おかしい。自分はおかしくなってしまった。違う。もとからおかしかった。こんな狭い場所で育って。何とも思わないまま人の命を奪ってきた。その重さに心がすぐにでも根元から折れそうになる。狂えたら楽だと思うし、そんな都合よく逃げるのは許されないとも思う。
「大丈夫だ。何があってもオレは味方だから」
「そんなこと言わないでよ……!」
味方がいても、慰め合うだけで罪の重さはきっと変わらない。
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