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第107話

「……どうせ言うんだったら僕の欲しい言葉を言ってよ」 とんだ八つ当たりだと思う。前と逆の立場で、あの時自分は好きに動いた。生きていても仕方ないという彼の要望をきかずに、生かす道をとった。だったら彼も聞いてくれないかもしれない。自分を放ってどこかへ行くかもしれない。 でも今だけは。もしこの国に、恵と罰を当てる神がいるのなら、明日の僕はもう好きにしていいから。今だけは彼のことだけを考えさせてください。 ロウに抱きしめられてすぐ、リンは彼の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。 「好きだ」 「離したくない」 「初めてお前のことを知った時から、ずっと好きだった」 要求に答えて囁かれる彼の言葉に、そんなはずないという否定が心の奥底で生まれる。だって、ふたりの出会いは最悪だったから。 だから、それは誰かから受け取った感情を引き出しから取り出しただけのものなんだろう。そう考えると悲しくなるのに、もっと悲しくてもよかった。恋人同士の甘やかなじゃれ合いは、どうしたって「仕事」中に見た写真を思い出させるから。 それに自分の罪を自覚してから、ひどく痛めつけてほしい気持ちがずっとあった。償いたいけどその方法が分からないからだろうか。立ち上がれないくらいぼろぼろにされたら気が済むんだろうか。まだ涙は止まらない。 「そんなに泣くと目がふやけるぞ」 ロウが瞼に口づけようとするのを、リンは拒否する。 体液を摂取しないでほしい。そうしたらこの感情も忘れてしまう。ふわふわと夢を見続けることになってしまう。 リンの要望は彼の優しさにつけ込むようなものだ。ロウならその優しさから望むことをしてくれる。 現実を忘れさせてなんて言わない。ただひとときだけ、逃れさせてくれればいい。そしてどうせどん底に叩き落とされるのだから、現実へ帰ってきた時、これ以上底までないんだというくらい落としてほしいかった。 「……あるんでしょ。恋人同士がすることで、でも甘いとはいえないだけの行為が」 ただの思いつきなのに。それは今にとてもふさわしい行為に思えた。自分を罰しながら、彼がまだ自分と同じ世界で生きていると確かめられる行為だから。 「……いいのかよ」 彼が自分の体液を摂取しなければ、なにをしたっていい。 行為中でもきっと体の強ばりは解けない。そのまま進めば痛いだけの傷になるかもしれない。その方がいい。 「ひどくして」 「……そんな言葉、どこで覚えたんだか」 アンタの記憶と、アンタから借りた漫画からだ。そして、その記憶から分かったこともある。彼にはきっと、破壊衝動がある。 「好きにしていいよ。ちょっとくらいじゃ壊れないから、きっと楽しめる」 「……わかった」 この人はどこまでも弟に甘い。本人はきっと無自覚だろうけど。

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