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第109話
彼は聞く耳を持たない。無理矢理肌から唇を離そうと伸ばした手が当たる。彼が顔を上げると、口の端にうっすらと血が滲んでいた。引っ掻いてしまったからだ。
「……ってぇな」
なのに彼は笑ってる。獲物に抵抗されるのすら楽しいみたいに。
「ああ、体液……お前が摂取するのはいいんだっけ。だったら舐めろよ。お前がつけた傷なんだから」
おずおずと舌を唇に近づける。血の味が、感情と一緒に広がっていく。好きだ。可愛い。もっと触りたい。流れ込む言葉が脳を溶かしていく。
「ん……ん、ぅ……」
ロウが、僕なんかに興奮してる。そう分かった途端、さらに体が熱くなった。もうキスを防ぐ気も起きず脱力すると、今度は彼の舌が唇の隙間からねじ込まれる。一方的に体液を啜るんじゃない。じゃなくて血の味と唾液がふたりの間で混ざり合う。罪の意識という感情も、高揚という感覚も。
味方だからってこういうことかな。ぜんぶわけあってくれるのかな。……あれ。僕はなにをきょぜつしてたんだっけ。
「あ……っ」
腕を掴んで体を起こされると、彼の上に跨る形になった。でも脚に上手く力が入らなかったから、腰をあげさせられて、先走りをまとわせた指先が入ってくる。
「ん、くっ……」
自重で簡単に沈みこんでいくものの、異物感は拭えない。違和感と無理やり押し広げられるわずかな痛みに、浮遊感は少し薄れ、わずかに現実に戻る。でも、これこそが、自分が最初に求めていたものだと思った。
もっと、ひどくして。彼の耳元でそう囁けば、中を探る指の本数が増え、押し広げられる息苦しさに呻く。
あとは挿入だけだと思っていたところで、二本の指でゆっくり擦るようにそこを刺激された。
「え……?あ……あぁっ……!」
知らない感覚だ、と思う間もなく快楽の濁流にのまれる。
「あ、んんっ、や、ぁ、あんっ」
そこを押される度に甘えた声が漏れる。もっとというように腰が揺れる。しかし快楽がぴったりと重なる場所に何度も触れられれば、強すぎる刺激が怖いと体跳ねる。
それと同時に、すっかり勃ち上がった性器が、向かい合っている彼の腹に擦れる。はしたないと思うのに、前と後ろからくる快感に翻弄され、貪るように腰を揺らした。すると律動を合わせるように指がさらに奥へと届く。弓なりに体がしなった。
「あ、ぅ、ああっ」
頭の中で白い泡がぱちぱちと弾ける。いく、という前に屹立を強く握られ、出口のなくなった衝動が体中を駆け巡る。
「や、ぁ……いかせて……おねがい、だからぁ……っ」
「だったら、自分で動けばいいだろ」
ひどくしてほしいと言ったのは自分だった。でもこれでは、ひどいというより意地悪だ。飢えた獣が弱った相手をいたぶるような、加虐的な眼差しにさらに興奮を煽られる。
「ん、んんっ……あぁっ」
逆らうこともできず、彼の性器を窄まりにあてがう。どうするか考える間もなく、萎えた脚は腰を沈ませ、自重でずぶずぶと沈んでいく。
「ひ、ぁ……っ」
気持ちよさを感じる箇所を抉るように触れると、膝に力が入らなくなり一気に穿たれた。
「あっん、んんっ」
呻きとも喘ぎともつかない声が漏れる。無意識のままにだらだらと白濁色の液が先端からこぼれていった。
よじって逃れたいのに動けない。上下に動いてさらなる快楽を貪ろうにも、体はびくびくと頼りなく震えるだけだった。
「だめ、も……うごけない……っ」
どうしようもないのに性感は体内で燻っていて、せめて触れ合っていたいと彼の胸に頬を寄せる。汗でじんわりと火照った肌を感じる。
「あ、あぁっ………」
懇願したからか、痺れを切らしたのか。たぶん両方。脇の下手を入れられ、ずるりと貫いていたものが抜ける。出ていく性器に肉壁は惜しんでいるように絡みつき、抜かれる感覚がなんともいえずもどかしくてまた声を上げた。
「……煽るな」
「ひぁ……っ」
そんなつもりはなかったのに、力任せに肩を押されて押し倒された。逃げられないよう腰を掴まれてすぐ、淫らな水音を立てて、思いっきり奥まで挿れられる。これ以上はないと思っていたのに、もっと深いところで繋がれる。汗も唾液も精液も混ざりあって、今感じている興奮と感情がどちらのものかもよく分からない。だったらもうふたりのものでいい。ふたりのものがいい。
いや、はやいという懇願が次第にいい、きもちいいといった矯正に変わる。たまらないといったように彼が力任せに首筋に噛みつく。痛みは刺激になって繋がっている奥をきゅうっと締め付けた。
この蹂躙はきっと自分が気絶するまで続くんだろう。意識を手放して、一時だけ罪も寂しさも忘れてよく眠れるように。そんな心の痛みも、絶え間なく与えられる快楽に押し流されていく。
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