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第111話
ロウがこの部屋に来るまで、扉は壊してきた。リンが入る必要のある部屋のものを、全て。
りんはまだ寝ているし、起きて部屋に来るまでに職員の誰かが気づけば、扉の故障、もしくはいつもの自分の破壊として、修理のために封鎖される可能性がある。そうなったらもう、遠回りをせず笑われても怒られてもまっすぐ彼と話すしかない。
それと、これからもうひとつ壊す。いや、壊さなくていい。中から開けてもらえさえすれば。こっちはどうか職員に見つかってくれるなよと思う。
杞憂だとわかる前に、ロウから叩く前に扉が開いた。ここにいるのが誰か分かっていたみたいに。
「おかえりなさい」
その優しい声と言葉は、きっと「仕事」を終えた弟を出迎える時に、いつもかけていたものだろう。
「無事でよかった……いつもみたいに抱きついてはくれないの?」
「しねぇよ」
リンの兄であるリョウは、来訪者が誰か区別もつかないほどに、もう狂ってしまったのだろうか。こちらの反応を待つこともなく、「鳥だよ」と窓すらない部屋の宙を指し、歌を歌い始める。
「……っ! しっかりしろッ!」
「そうだね。転ぶとすぐ泣くのはやめた方がいい。また母さんに何か言われてしまうよ」
「オレは!お前のことを言ってんだよ!」
「うん。僕は、僕だけは母さんって呼ぶことにしたんだ」
「んなことどうでもいい!幻に話しかけんなら、弟の名前のひとつでも呼んでやれ!」
胸ぐらを掴むだけ掴んでも、殴り掛かりはしなかった。ロウ自身、揉め事を起こしたくないからだ。ここで、コイツとは。荒い息をなんとか整えようとする。大声を出してしまった。他の奴らに気づかれるな。そんな緊張感漂わせてるのはロウだけで、彼は相変わらず宙の幻を見ているだけのはずだった。
掴んで浮かされた細い体。その視線がぐるりと回り、やがて下を向く。目が合った。
「感情を抑える必要はないんだ。制すれば、それでいい」
「……抑えねぇよ。オレは、好きなように振舞ってんだろ」
「そうかな。普通なのに狂った振りをしているよ。愛が欲しいだけなのに、腹を空かせた獣の振りも」
落ち着け。コイツは何も分かっちゃいない。それらしい言葉を適当に、頭に浮かぶままき並べているだけ。それが偶然的をいていただけ。かつて貧民窟の端にいた胡散臭い占い師を思い出す。
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