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第115話

都合のいいことに、資料には知りたいと思っていたことが全て書かれていた。 この施設のこと。実験の進捗のこと。紙の文字から読み取れるのはそれだけなのに、被験体となる子どもの募集要項を見た途端、感情を明け渡した影響でぼんやりしていた記憶にぶわっと色がついた。 丁寧に整備され、水滴の着いた朝の芝生。空をゆく大きな鳥の影がそこに落ちている。上を見て感嘆の声を上げ、それを追いかける自分。そんなに勢いよく走ったら転ぶと心配そうに自分を追いかけてくる兄。 楽しそうに笑う幼い自分の世界に、両親はいない。 被験体となりえる子どもの条件にはこう書かれていた。身寄りのない子ども。或いは、多額の献金で我が子を簡単に手放すことのできる家庭に生まれた子ども。預かる名目は治療ということになっているのか、ご丁寧に契約書まで用意してあった。 自分たちは健康そのもので、どこにも悪いところなんてないのに。 違うか。「母」に感情が不安定と判断されたのか。決して懐かず名前も呼ばず、会話を交わすことすらほとんどなかったあの女性に。 感情や記憶が蘇るのは、感覚によるものだと思っていた。 たとえば触れた肌の温もりとか。懐かしい声とか、好きな香りとか。なのに今のリンはお硬い文章を読んだだけで、幼い頃に引き戻されそうになっている。 弱くて何も知らなかった、あの頃の自分に。

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