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第116話

古くて大きな家。それは家というよりも、むしろ館や屋敷とでも言うべき大きさだった。ぐるりと周りを囲む柵には植物を象った繊細な意匠が施されている。呼び鈴を鳴らして門を開けてもらった来客が、屋敷に入るまで何分もかかったと父相手に雑談しているのを聞いた。 庭では整えられた数多くの花が目を楽しませる。特に母は鈴蘭や百合といった、白い花が緑の低木に馴染んで咲いている様子を好んだという。 中に入って迎えるのは天井から吊るされた、シャンデリアという海の外の国の骨董品。まだこの国が他国と交流を持っていた時に買い付けた品で、今となっては国内には片手で数えられるほどしか残っていないらしい。応接間や広間にも、猫足の椅子や古めかしい棚といったこだわりの調度品が置かれていた。 リンにとってはそれが当然で考えたことも無かったけれど、恵まれた環境なんだろう。系図を辿れば、かつてこの国を支配していた貴族階級に辿り着き、父は下級とはいえ国の議員をやっていたはずだ。食べるものにも寝る場所にも困ったことはない。暴力なんて有り得ない世界だった。 それでも記憶にうっすらと寂しさの色がついているのは、生まれて間もなく、世界は兄であるリョウと、リンのふたりだけになったからか。 もともと病弱だった産みの母は、リンを産んでからしばらくして亡くなったらしい。悲しみにくれた父は、仕事に精を出し、家庭を省みることがなくなった。 自分が覚えている父の唯一の記憶といえば、週ー……むしろ月に一度くらいか。久々に家に帰ってきたと思えば、使用人と一言二言何かを話しすぐに出ていく後ろ姿だけだった。 リンは一度、兄に聞いてみたことがあった。 どうしてお父さんは家に帰ってこないの? 帰ってきたのは優しい苦笑いだけ。兄もまだ幼く、リンも納得する言い訳なんて考えられなかったんだろう。 特にリンは、産みの母に顔立ちや線の細さが似ていた。そのため父を見つめれば視線を外され、ほとんど言葉を交わしたことがない。家のことは家令を始めとした使用人が、教育は雇われた家庭教師が行っていた。それがリンにとっての家族で、比較対象も存在しなかった。 ただしんと静まりかえった広い家。物心着いた頃にはそれが当たり前になっていた。母を恋しがって泣く度に、兄が子守唄を歌う。自分も歌ってもらったんだと、母の記憶を分け与えるように。

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