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第120話
リョウは弟の部屋の締め切ったカーテンを開けた。帰ってきたら外は夕暮れで、だんだんと空は暗くなっていく。それでもリンにとって、久々に見る橙の光は眩しかった。大丈夫だよと宥めた後に、兄は言った。「自分がなんとかしてみせるから」と。
ゆっくり休むようにと言い残して部屋を出ていく兄の背を、リンはこっそりと追いかける。不安だった。頼りなく思っていたわけじゃない。ただ自分たちを嫌っている大人と話した後では、兄も自分を嫌いになってしまうんじゃないか、それだけが心配だった。
父は珍しく家にいて、あの女性は夜会に出ていったばかりだった。兄は父の書斎へ向かった。リンは扉をこっそり開けて、隙間から漏れる彼らの会話を聞くことにした。
「家にいない、外に出歩いてばかりの女性を母とは呼べません」
「かつてはそうだっただろう。だが時代は変わっていくものだ。何も家にいるだけが母の役割じゃない」
「たとえそうであっても!……リンが戸惑っています。拒絶されたかと思えば、猫撫で声で母と呼べと言う。多感な時期です。自分でも感情の整理がつかないまま、他人の気持ちに振り回されて。感情表現が苦手な子になってしまった」
「それの何がいけないんだ。何があっても感情的にならない。それは男ならむしろ美徳に思うことだろう」
「さっき貴方が言ったんじゃないですか。時代はもう変わったと。説明してください。なんの理由があって、彼女にはあんな振る舞いを許してるんですか?貴方がひと言注意すれば、弟への暴力は止むんじゃないですか?」
「……それはできない」
「どうして!?」
「彼女との約束なんだ。この家で、家のお金で好きに振舞っていい。かわりに自分の妻でいてくれる」
「なぜ、そんな約束を……!」
「もう疲れてしまったんだよ。愛する女性を、二度と失いたくないんだ」
それは、自分のせいだ。母を死に追いやったのは、自分が生まれたせい。幼く、詳細は理解できずとも、リンはずっとそう思っていた。
だからこの後も、いかにお前の弟が悪いかを父は語るのだろう。その後に兄が自分を嫌いになることを恐れて会話を盗み聞きしていたはずなのに、この先の父の言葉を聞くことを恐ろしく、リンはふらふらとその場を歩いて去った。
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