121 / 149

第121話

どう足掻いたって子供は無力で、頼る縁もなければ兄弟ふたりで慰め合うしかない。その日は特にひどかった。 義母が既に亡くなっている母の着物を売って金にするという。その着物は、リンが唯一母の形見だと自覚しているものだった。それを着て抱かれ、夕日をみた赤子の頃の記憶が唯一残っていたから。 彼と実の母を繋ぐたったひとつの記憶だというのに、この頃には彼女も小さな子どもを傷つけることに慣れきってしまっていた。 「だめ……です……。それは、お母さんの……」 母という実母を出す単語が、さらに彼女の反感を買う。リンが着物に縋り付いて必死に止める。彼女に力任せに振り払われると、前に転んで顎を打った。彼女は着物に汚れがつかなかったかをしきりに気にしていた。得られる金が減らないように。 リンはもう、大声をあげて泣かない。転ぶだけでもまだ痛みに泣く年頃なのに。目の淵に溜まった雫が頬を伝わないよう、歯を食いしばって必死に耐えていた。 着物も、壺も、絵画も。お金になりそうな実母の遺産は全て売られていった。それでも彼女の夜会の衣装を仕立てるには足りないらしく、やがて実母の持ち物に限らず、金になりそうとなれば、持ち主関係なく家の調度品は売られるようになった。 この家を食い潰す気だと気づいても、兄弟が食われる前に逃げる場所なんてどこにもない。自分の胸の中なら泣いてもいいと、兄は弟を抱きしめることしかできなかった。父は何も言わない。家の中がすかすかになってしまった状態でも、約束は反故にならないようだった。

ともだちにシェアしよう!