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第122話

それでも、ふたりらここが自分たちの家だと思っていた。なのにある日いきなり荷物をまとめろと言われ、契約書という紙切れやいくばくかの金と引き換えに、自分たちは施設に入れられることになった。 「楽園という施設なんだそうだ」 「よかったわね、きっといいところよ」 父と義母が言うには、国の優秀な子供を集め、特別な教育を施す施設、その名を楽園という。親と引き離されて入る施設の名前が楽園なんて、とんだ皮肉だ。 「以前の試験を。家庭教師が提出したようでね。ぜひに、と言われたよ」 ふたりとも、家庭教師には三角形や四角形を見て何を想像したかを答える簡単な問題をやらされたことがある。けれどそれは試験というより検査に思えた。 「うちは由緒正しき家柄なのは、ふたりとも知っているだろう。それに相応しい一流の教育を受け、いずれ民草を導けるようにならなければな」 「頑張ってね」 リンが目の前の彼女を見上げると、彼女の鎖骨を彩る宝石がきらりと光った。 実母の着物は、彼女の首飾りに変わった。光の加減や見る角度によって色の変わる宝石のついた首飾り。彼女はそれをたいそう気に入ったらしく、届いた今日は始終機嫌が良かった。今は前妻の忘形見である兄弟さえも売ってしまえることに、喜んでいるのかもしれない。 やがて施設の職員と名乗る男たちが来て、父と兄弟ふたりで車に乗り込んだ。後部座席は四方八方が黒い壁に覆われ、どこに向かっていくのか分からない。それでも助手席にいる父と会話はできたはずだが、誰も何も言わなかった。 かわりに兄は弟に話しかける。 「大丈夫?」 少なくとも、兄の方には郷愁と呼べるものがあった。父やあの女性はともかく、生まれ育った土地を離れるということに。慣れ親しんだ自然と触れ合えなくなるということに。だから隣に座る弟も同じなのではないかと気遣った。しかし返事は随分とそっけなかった。 「……別に。どうでもいい」 しばらくの間に、リンはずいぶんと大人びてしまった。あの大人たちがそうさせた。そしてそんな子供を、感情の起伏が少なくなった人間を、「楽園」という施設は、歓迎した。

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