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第123話
施設に来たら、受付で父が職員と何かを話している間、ふたりは別室に通され、変な薬を飲まされた。体調が悪くなることはなかった。
施設は周りをぐるりと塀に囲まれているから、ここまで来たら隠すつもりもないんだろう。まだ試験中の、他人に感情を移す薬だと教えられた。2人1組になって効果を確認するらしい。正式な始動はもう少し人数が揃ってからという話だったけど。ここまで来れば、嫌でも自分たちは実験台なんだと察した。
しかし、こんなろくでもない施設でも、生家よりはよかったのかもしれないとリョウは考えた。弟のリンは、職員や世話係のセトという男の前では相変わらず感情を覗かせなかったが、兄の前では次第に笑顔を見せるようになっていったから。
――今日は「しごと」の訓練をしたよ
不意のつき方。解剖学。身体能力の強化。適性を見るためという理由のもと兄弟ともに何度か訓練を受けた。もう大人の暴力を黙って受けずにすむ。そのためにどう避けどう反撃するかをよく学び効率よく吸収する。「しごと」がろくでもないことに違いないが、リンには確実にその適性があった。
このまま「仕事」の本番は来なければ、リンの心が安定していくはずだった。しかし想像以上に心は脆く、過去は些細なきっかけで想起される。
リンはある日、廊下である少年を見たという。職員に引きずられていたが、その腕を振り払って逃げていった。その時にすれ違った。顔を真っ青にして震えていた。実験の副作用であるとわかった。
その少年のやせ細った傷だらけの体は、かつて義母につけられた傷を思い出す。
「家族なんていない」と嘆く少年の言葉に、リンは自分たちが捨てられたんだと気づく。
「嫌だ……感情なんていらない……何も考えたくない……頭や胸が痛くなるのはもう嫌だ……」
壊れたようにそう繰り返す弟の感情を、兄は別の方に仕向けることだってできた。自分がリンにそうしたように、その少年のことも抱きしめてあげよう、助けてあげよう。そうやって導くのが兄らしかったかもしれない。
今日の薬はふたりとも飲んでいた。だから兄は不意打ちで、弟にキスをする。体液を摂取しなければならないから、息苦しそうにしている弟の口内を無理にまさぐった。
唇を話すと、リンは何事もなかったかのようにすっきりした顔をしていた。感情など微塵も滲まない顔。まっすぐ兄を見つめる瞳は無垢な幼子のよう。そんな弟を兄は久々に見た。
「今日はね、「しごと」の訓練だった」
「大丈夫?怪我はなかった?」
「うん。もうちょっと手が大きくなって、かんじょうのせいぎょ?ができるようになったら、武器ももらえるんだって」
この施設は、子どもに汚れ仕事をするというろくでもないことをしている。リンはそんなことにも気づかず、心配する兄をよそに無邪気に報告を続けた。
「ぼくがお兄ちゃんを守るからね」
「……そうだね、守って」
こうして兄は「兄」になり、弟は「弟」になった。
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