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第124話

どうして忘れていたんだろう。記憶を取り戻したリンに最初に思い浮かんだのは疑問だった。そして答えにはすぐたどり着く。 決まっている。薬の効果だ。感情を移す時に紐づいた記憶の詳細も兄へと移る。 あの優しかった兄が狂った時を思い出す。「仕事」の後だった。そう、神像から何かが見つかった時の。あれは書類だった。外国語で書かれた書類。それと偽造された戸籍。それを、この国の宗教を信仰している者なら容易に触れられない神像に隠していたという事実。 あの「標的」は、偽装してまで何者かをこの国に入れるか、国の外に逃がそうとしていた。 ただの戯言だと、胡散臭いと一蹴するには資料が充実しすぎている。 この国が渦潮に守られているなんて本当は嘘で、国を守るそれはとうの昔に消え果てていて。人々は、念の為海外からの侵攻を警戒してという名目で軍人が立っているから海にも近づけない。だから、真実は確かめようがない。 それが意味することは何だろう。この国にはとうに外国の勢力が入り込んでいて、自分たちは感情を失った兵士として排除して回っているのか。あるいは、自分たちこそがこの国に入り込んだ侵略者の味方で、気づいて情報を持ち出そうとする者を消して回っているのか。 あの時の自分は気づきかけていた。それを承知で、この情報を飲み込んだら普通の人はどんな感情を抱くかなんて分からないままに、兄に移した。 それはきっとあの時だけじゃない。疑念も悲しみも全部兄に飲ませた。そんなの、狂って当然だ。守るふりをして僕が狂わせた。兄は自分の代わりにどれだけ感情をのみこんできたんだろう。 リンが手にした資料には、そんな「兄」の存在についても記載されていた。一定の年齢に達するか成果を上げるかした後、彼らに待つのは死のみ。しかしそれでも、不安や恐れを排して戦闘員として戦う弟よりは長生きできるという見込みだった。 「兄」の死因については、いくつかの事例が推測されていた。まずは、真実に気づき、脱走なり反乱なりを企てて施設に処分されること。しかしこれでは食い止めるための戦力が必要となってしまう。 だから施設は、もうひとつの死因を推奨していた。それは、多くの感情を飲み込んだ後、真実という混乱でとどめを刺して狂わせること。そして最終的に自死に至ること。 施設に反抗させないために、彼らには「弟」が用意される。感情で生きる彼らは、兄弟の情で施設の体制に組み込まれることを強制される。自分たち兄弟を見てこの家族ごっこの体制は作られたと言っても良かった。

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