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第128話

「すげぇじゃん。最初は人形みてーだったのに、随分と考えられるようになってさ」 震える声をどう思ったのか、兄が優しく弟を褒めるように、髪をくしゃくしゃと撫でる。 「じゃあ、本当なの……?僕がアンタの足を引っ張ってるの……?」 「ちげぇよ。オレは自分ひとりで逃げるより、お前ら兄弟に助かって欲しいだけだ」 もともと、ロウは彼ら兄弟をひとつの爆弾で逃がすつもりだった。その場合、どれだけ警備の隙を塗っても職員が駆けつけてくる危険がある。だからどの道自分は残るつもりだった。気を引く役として。最初からふたりだけを逃がそうと思ってた。リンが気に病む話じゃない。 そこにもうひとつの爆薬を託された。だったら確実性が増す方に使うだけだ。 「どんな爆弾なの?起爆者はどうしても巻き込まれなきゃいけないの」 「必ずしもそうじゃない。留め針を抜いて投げる形でも使える」 アルは多くの敵を引き付けて起爆させるために、もしくは殉教の教義のためにあの形をとったんだと思う。なんといっても人は死なない。引き継がれ受け継がれる、そのための教育という教義だから。 「バカじゃないの!?ほんとバカ!やけで自分を傷つけてばっかり!」 責めたいわけじゃない。でもリンは、自分の気持ちを知って納得してほしかった。どっちも乱暴な感情には違いないけど。 息を吸って落ち着かせて、言葉にする。それでも声はところどころ震えた。緊張や躊躇いよりも、怒りが勝っていた。 「なんでアンタが諦めるんだ!よりによって、アンタが!」 それは、リンが彼を好ましいと思っていた理由のひとつだった。かつての自分ははすぐに諦め、感情を殺すことを覚えた。でもロウは諦めることなくここまで生き抜いてきた。記憶は無くなっていても、心の隅で自分にはない強さを持つ彼を、リンは好ましく思っていた。 しかしロウはどこ吹く風と言った様子だった。 「オレに諦めてほしくない?そんな感情だけで全部上手くいくんなら、誰も苦労しないんだよ」 自分の気持ちは、叫んでも伝わらないんだとリンは思った。軽い絶望に心が覆われて、ぎゅっと握った拳が震える。じゃあ、この気持ちはどこに向かえばいい? 荒っぽい気持ちの赴くままに、気づけば手が出ていた。人を切り刻んだことはあれど、殴るのは初めてだったように思う。 「あ……」 やば。まで口に出すと、随分間の抜けた状況になってしまった。自分たちは、兄弟喧嘩らしきものをしていたはずなのに。 そのまま殴りかかる。うっかり殴り返す。それを何度も繰り返した。彼が身長差に物を言わせて髪を掴んできたので、「そういうのもアリなんだ」と理解した次の瞬間、脛を蹴った。 「てめ……っ、それは無しだろうが!」 「うるさい!アンタが先に髪掴んできたんじゃん!」 いつもの「仕事」で行う、理路整然とした暴力ではなく、路地裏の猫同士の喧嘩ですら、もっと考えて引っ掻き合うだろうと思える様だった。路地裏の猫なんて、ロウの記憶でしかリンは知らないけど。 戦う時の癖も、考え方の癖を、いくつかの「仕事」を通じて知った気になっていた。でも、ただの殴り合いにはたいした意味を持たず、こちらが殴ろうとした反撃で腹と顔に一発くらい、最後には足元に転がされた。

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